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ニッポン国 古屋敷村のばーとんのレビュー・感想・評価

ニッポン国 古屋敷村(1982年製作の映画)
1.0
古屋敷村というなにやらいわくありげな村名からして、柳田国男風の情緒豊かな神話が綴られるのかという予感は開始早々に裏切られる。シロミナミと呼ばれるこの地方特有の冷気と、それ故の厳しい農業事情について一時間をかけて徹底的な科学的検証が行われる。次いで、炭焼き職人の仕事が紹介されるが、これも逐一科学的解説が入る。

この前半部で小川監督がやりたかったことは明白で、シロミナミの解明は、古い農村に纏わる神秘性を暴くこと。炭焼きの解説は伝統的職業文化を、合理的な作業工程の次元のみで語ること。つまり日本の農村にいまなお残る神話・幻想の解体であり、古くから伝えられる日本的な精神文化の解体だ。進歩的インテリジェンスの面目躍如と言ったところか。民俗学的アプローチには彼らはあまり興味がない。むしろ強い反骨精神を感じる。

後半では複数の村人から戦争についての記憶が語られる。元出征兵の老人から「あんな戦争なんてものは孫末代どころか永久にねえ方がいいと思うな」という発言を引き出した時点で監督の勝ち。美しい自然と歴史を持つ村に、急進的な政治思想が持ち込まれることで「日本の古屋敷村」は綺麗に洗浄されて「ニッポン国のとある村」となった。

オーディオコメンタリーかと思うほどの過剰なナレーション、字幕やテロップの濫用、これらの手法も日本情緒に抗うための手段だろう。美しい自然を眼の前にしながらカメラはそんなものを追いかけない。彼らは本音のところでは日本的な情緒を好ましく思っていないからだ。この映画が一部の人々に拍手喝采をもって迎えられたのはまさにそこの部分なのだと思う。

この手のドキュメンタリーで飯を食う場面、村民同士が会話する場面がひとつもないことに驚いた。個々人のインタビュー映像だけがある。この監督は村民の生活にも興味がないのだ。日本の原風景に歩み寄っているように見せて、本音のところはこんな山村にも戦争の悲劇が存在したのだ、というあらかじめ用意された結論を証明することが目的なのだから仕方がない。こういう活動家紛いの人たちの中立を装うテクニックは本当に見事。中立的ドキュメントの皮を被ったテーマ主義の映画は嫌と言うほどあるが、その中でも傑出したイデオロギー作品だと思う。
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