一人旅

負け犬の美学の一人旅のレビュー・感想・評価

負け犬の美学(2017年製作の映画)
5.0
サミュエル・ジュイ監督作。

家族を支える為に元欧州王者のスパーリングパートナーの職に就いた男の生き様を描いたドラマ。

『アメリ』(01)でオドレイ・トトゥ演じるヒロインの相手役を演じたことで知られる仏人俳優:マチュー・カソヴィッツが主演を務めた“ボクシング+家族ドラマ”の良作であります。

引退間近となった45歳のボクサー:スティーブが、愛娘にピアノを買ってあげたい一心で、元欧州王者のプロボクサー:タレクのスパーリングパートナーになるというお話で、『傷だらけの栄光』や『ロッキー』、『レイジング・ブル』等ボクサーを描いた映画は数多くあれど、本作はスパーリングパートナーといういわば“裏方”の生き様に焦点をあてた稀有な作品となっています。

陰の功労者としか成り得ないスパーリングパートナーの哀愁が味わい深い一篇で、年齢的にも体力的にも既に限界を迎えた主人公と元欧州王者のスパーリング&交流の様子を描くと同時に、主人公とその家族を巡る愛情に満ちた人間ドラマでも魅せていきます。相手を強くするために自分の心と体を犠牲にする―スパーリングパートナーという過酷な仕事を始めた主人公に対する家族の不安と心配、愛情に心揺さぶられますし、不本意ながらもスパーリングパートナーをやるしかない主人公の決死の覚悟と悲哀に胸が詰まります。出色なのは、王者復帰を賭けた一戦を控えた元欧州王者のためにスパーリングパートナーという裏方に徹していたはずの主人公が、やがて彼自身の人生の意味を賭けたキャリア最後のリングファイトへと作劇の焦点がシフトしていくこと。生活のために裏方の道を自ら選んだ主人公の努力と忍耐の日々は、やがて彼自身がリング上でスポットライトを浴びる正真正銘の“ボクシング映画”として昇華していきます。元王者の一戦をあえて描かない理由はそこにあります。

主演のマチュー・カソヴィッツは敗者の哀愁を漂わせ、その姿はまるで『レスラー』(08)のミッキー・ロークを彷彿とさせますし、主人公の愛娘を演じたビリー・ブレインの繊細な表情には観客の心に強く訴えかけるものがあります。そして、元欧州王者を演じたソレイマヌ・ムバイエはWBA世界スーパーライト級王者になったこともあるプロボクサーで、本作が映画初出演とは思えないほど自然体の演技&本物のボクシングを披露しています。
一人旅

一人旅