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負け犬の美学のdm10foreverのレビュー・感想・評価

負け犬の美学(2017年製作の映画)
4.0
【PrideとProud】

「勝ったの?」
「・・・惜しかった」

それは父と娘のいつものやりとり。

スティーブ・ランドリー45歳。
引退間近のロートルボクサー。
生涯成績は勝ち星よりも負け星の方が圧倒的に多い。
最後に勝ったのは3年前。
でも辞めない。
なぜならボクシングが好きだから。

彼は娘のオロールに思う存分ピアノのレッスンをさせてやりたいが、肝心の月謝すらまともに払えない。
たまに入るバイト代が彼の収入。

ここで描かれる彼らの家族は、決して裕福ではないけど、でもかといって貧困にあえいでいるようにも見えない。妻のマリオンも夫の身を案じつつも彼の夢を後押ししている。
勿論「50戦やったら引退する」という約束があったからかもしれないけど・・。
子供たちもお父さんを応援している。

「夢じゃ飯は喰えんよ」

それは日本人的な思考なのかもしれない。無論間違いではないし、実際そうなんだと思う。
でも「負けるならやらない」という姿を子供に見せるべきではない。
人生は勝ち負けだけじゃないんだよと背中で教えてくれる、そしてそんなお父さんを誇りに思う家族。

きっとこの映画のベクトルが右斜め上に向いていたからだと思う。
だからこそ、負け続けるお父さんを見つめ続ける子供たちの目が輝いているのだ。
そこには悲壮感も同情もない。
オロールがテストでいい点を取ったご褒美に何でもしてあげると約束したスティーブ。
オロールは「試合が観たい」。
それは唯一スティーブが子供たちに許さなかったこと。
それは「勝ち負け」という言葉以上に「ボロボロになって負ける」という現実を子供に見せてしまう事にもなるから。
だから「最後の試合だけはいい」と約束していた。
しかし、オロールの熱意に負けて結局試合を観ることを許した。

そこでオロールが目にしたのはチャンピオンに全く歯が立たずボコボコにされるお父さんの姿、そして観客たちからの容赦ない罵声。
オロールは父が負けるのを見たのがショックだったのではなく、誰からも応援されていない父を観るのが耐えられなかったのだ。
でも実はそれこそが父のプライド。
どんな目に逢っても立ち向かっていく。
負けるのが怖いんじゃない。
立ち向かえないことが怖いんだと。

「敗者がいるからチャンピオンがいるんだ」

欧州王座に返り咲こうとトレーニングに励むタレクに告げるスティーブ。
立場はあくまでも「現役バリバリのチャンピオン」と「ボロボロのスパーリングパートナー」でも、負け続けても戦うことを止めなかった彼の言う一言にこそ説得力があり真実があった。
そして最初は全く存在を認めてもいなかったスティーブの熱意はやがてタリクの心にも響き、遂には粋な提案をする。

「前座試合の対戦相手がいないんだが、よかったらやってみるか?」

それはちょうど約束の50試合目。
全てを賭けるスティーブ。
だけど先日の試合でショックを受けてしまったオロールは結局観には来なかった。

代りに応援に駆け付けたマリオンの前でスティーブは最高の試合を披露する。
それはまるで踊るようにリングの上を飛び回り、何度もパンチを繰り出す。
しかし息も絶え絶え、体力的にはもう限界、だけど絶対にダウンだけはしない
そして試合終了を告げるゴングが鳴った・・・。

「・・・勝った?」
家で寝ていたオロールは起き上がってスティーブに問いかける。
「・・・・・・」
何も言わずに笑顔で答えるスティーブ。
全てを察して抱きつくオロール。

父のプライド。娘のプラウド。

「負けるからやらないなんて、それは最初から何もやらないのと同じこと」

ピアノの発表会でお世辞にも上手とは言えないけど、最後まで演奏しきったオロールを微笑みながらこっそりと眺めるスティーブ。
彼は負け犬なんかじゃない。
でも素敵な美学の持ち主だと思った。
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