櫻

ドイツ・青ざめた母の櫻のレビュー・感想・評価

ドイツ・青ざめた母(1980年製作の映画)
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結婚してすぐに愛する人を兵隊にとられ、たったひとりでヒール靴を履き、瓦礫の中を、果てのない雪道を、空襲の中産んだ我が子をおぶって歩く彼女。私はこの子と生きていかなきゃいけない。あなたとこの子と暮らしていける未来を信じている。その慎ましやかな思いが、叶う日が来るのか。彼女は、死体の転がる荒れ果てた地を通り、廃墟で休息をとる。子どもの見ている前で輪姦されても気丈に振る舞う彼女の姿は、頼もしく、また虚しくうつる。戦争という常時気をはりつめていることを強要される環境が、あらゆる感情を麻痺させたのだろう。

戦場であるポーランドに行かされた夫は、戦地でも妻のことを想っていた。娼婦はもちろん買わなかったし、妻に似た女性に目を奪われてしまうほど。戦って勝利に貢献すること、それが戦地に送られた男たちの一時的な使命。ただ目の前のことをすることが精一杯で、いかに残虐な行為をしたのかを突きつけられるのは、戦いの火が消えた後。戦地は彼の精神を追いつめ、優しさやあたたかさを奪っていくのだ。

戦争は、終戦すれば終わりではない。戦いに参加した男たちはもちろん、夫の帰りを待ちながら家族を守り、突然の暴力に耐えなければならなかった彼女のような女性たち、戦地で身体を売らざるを得なかった女性たち、それから子どもたちなど多くの人々に大きくて深い傷を残した。最後にうつる、あの彼女の顔と彼女の腕の中で泣きじゃくる子の辛辣さに心が震わされる。戦争が奪うもの、その代償は大きすぎるし、あまりにも無残だ。
(2018年7月13日 曇り 一部加筆)
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