なっこ

SUKITA 刻まれたアーティストたちの一瞬のなっこのレビュー・感想・評価

3.5
写真家鋤田正義、その人となりがよく分かるとても良いドキュメンタリーでした。常にリラックスしていて自然体。彼には気負った感じがない。
誰かが彼は“流れの中にいる”というようなことを言っていたけれど、それはとてもよく言い当てているように思えた。
流れの中にいて流されない存在。全てを目撃しているのに主観を入れない写真。ただその“時”を閉じ込める。
根底には被写体への愛がある。その命を永遠に変えるだけの愛情がきっと一瞬の表情を見逃さず、永遠に昇華できるのだろう。

彼の写真展を小さな会場で見た。

入場してしばらくしてご本人がいらしてたみたいでスタッフがバタバタしてたり来場者が話しかけたりしているのを目の端で捉えてたけど、まずは作品と向き合うのが先かなと、ミーハー心は抑えて見て回った。

会場を出た後ものんびりしてたらちょうど鋤田さんもお帰りになるようで家族と思われるお連れの方ととことこ歩いて出てこられた。事前にちゃんと予習していたらご本人だと自信持って話しかけられたのにな、記念に写真を一枚、そう言葉に出来ていたならと、本当に悔しくてしばらく落ち込んだ。

映画の中で故郷直方の河川敷を歩くときも海外の街を歩くときも東京でも、彼のペースはゆっくりとしていて常に被写体を探すキラキラとした目でまわりの世界を見ている。その歩き姿と彼が会場から出て、とことこ歩く姿が重なった。

会場内には鋤田さんの撮影したCM作品が流され、その隣では、今回の映画に似たドキュメンタリーも小さな画面で上映されていた。印象的だったのは、野外彫刻を撮っている画。バックの青々とした木々が揺れていた。写真には、生きていない彫刻の女性が生き生きと映し出されていた。すごい。こんな写真を撮るのかと感動した。

写真家は何かが起こるその数秒前にカメラを構えている。本能的な勘なのだろうか。いや、きっと彼には物語をとらえる眼が備わっている。彼の写真にはその奥にストーリーがある、奥行きのある写真。代表作の夏祭り出掛ける前の母親を撮った写真は本当に傑作だと思う。彼もこの映画を撮った人たちもそれを大事に思っているのが伝わってきてリリーさんの言うように廃れていった炭鉱町である彼の故郷を知っているからこそ嬉しく思った。そして、最後の鋤田さん自身の言葉がとても良かった。

一瞬を永遠にまで引き延ばせるその技術も才能も、確かにそこにはあるもののまるでマジック、それでも私も確かにこの目で見た、そんな感動に包まれた。
フレームを通して向き合うとき、彼の存在は透明となってまるで鏡のようにただそこにあるのかもしれない。アーティストの素の部分を引き出す天才。それを可能にするのは、被写体に対する愛だけじゃない。きっと、一瞬一瞬を愛する力があるんだろう。その巡り合わせ、人生そのものを愛してるからこそあんな瞬間を切り取ることが出来るのだろう。
私もあんな風に歩きたい。人生に起こる小さなドラマを見逃さないように。自分のまちを、人生を、ゆっくり急げ、彼のように。
なっこ

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