レント

FAKE ディレクターズ・カット版のレントのネタバレレビュー・内容・結末

3.8

このレビューはネタバレを含みます

福田村事件にも通底する問題。

本作は一見すると一方的な報道で貶められた佐村河内氏の無念に賛同した監督がその無念を晴らすかのような作品に見えて、その実それ自体がフェイクになっている。

監督は佐村河内氏を信じるといいながらカメラを回し続けるが、最後の最後で何か隠してることはありませんかと彼に問いかける。監督は彼を信じてはいないのだ。

監督が本作で描きたかったことは佐村河内氏と新垣氏のどちらが真実を述べているのかといった単純な問題ではない。監督は以前真実など容易くわかるはずもない、むしろ無理矢理わかろうとするから歪みが生じると述べている。
監督が本作で描きたかったことはもっと根本的な問題であり、それは最新作の福田村事件とも通底するものなのである。

関東大震災当時、新聞各紙は朝鮮人暴動のデマを流し、内務省はそれらの記事にお墨付きを与えた。福田村ではそのデマを信じた人々が日本人を朝鮮人と間違えて虐殺してしまう。
彼らがいくら誤った報道のせいだと言っても自分たちが犯した罪からは逃れられないだろう。報道を信じて行動した者はその報道を信じた責任を負う。
情報は報道機関により一方的に流され、受け手である一般人はただ受動的にその情報を受け取るのみである。しかしその情報が常に正しいとは限らない。
報道機関のように情報取集能力のない一般人にはそれを信じるしかないとも思えるが、ただ我々日本人は歴史的に苦い経験をしたことを忘れてはならない。

かつて戦前において新聞各紙は戦意を高揚させる記事を載せ、国民の多くが開戦を支持した。戦況が芳しくない時でも新聞は大本営発表をそのまま報道し、敗戦のタイミングを失った日本は一億総玉砕も辞さぬ状況にまで追い込まれる。そしてその結果多大な犠牲を払うこととなる。
当時の新聞報道に翻弄されて苦い経験をした日本。だからこそ垂れ流される情報を無批判に鵜吞みにすることの危険性を肝に銘じるべきなのである。

現代のネット社会では報道機関だけではなく、出所も定かではないあらゆる情報が飛び交っている。それら情報に翻弄されて犯罪まで起こすものまで出てきた。
こんな時代だからこそ一方的に流される情報を鵜吞みにせず精査できるリテラシーが各人に求められるのだ。

ただ、すべての情報について精査するのは難しいだろう。佐村河内と新垣のどちらが噓をついてるかなんて国民にとってはどうでもいいことである。むしろ国のありよう、国民生活を左右するような重要な事柄についてはしっかりと吟味すべきだろう。
最近の例で言えば処理水放出の問題などは我々の生活にかかわる事柄である。はたして政府の言う通り処理水は安全なものなのか。IAEAのお墨付きというが、それは東電の調査した数値を基準にしたものであり、そもそも原発事故後虚偽報告をしていた東電の調査に信憑性があるのか。またトリチウムの濃度が基準値以下というがそれ以外のストロンチウムなどの放射性物質について公表しないのなぜなのか疑惑が多々ある報道なのである。

本作は一方的に流される情報を無批判に信じることへの危険性を訴えている。この危険性は関東大震災の起きた百年前から変わっていない。
そして本作はドキュメンタリー映画の形をとっているが、ドキュメンタリーだからその内容が真実とは限らないのだとも監督は訴えている。
本作はまさにフェイクドキュメンタリーだ。

本作で唯一真実といえるのは猫ちゃんはやっぱりかわいいということ。
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