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万引き家族のカポERRORのレビュー・感想・評価

万引き家族(2018年製作の映画)
4.3
◆まん‐びき【万引】
 買物をするふりをして、店頭の商品を
 かすめとること。また、その人。
 万買まんがい。 ─広辞苑より─

『万引き家族』が第71回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを獲得したその半月後、実家の母から連絡があった。
母(鉄人)と父(猿人)は、隠居生活を満喫しているが、2人とも映画好きである。
(言わずもがな、父のオールタイム・ベストは『エマニュエル夫人』だ。)
2人は今でも時々話題の映画を鑑賞するため劇場に足を運ぶ。
 母「この前カンヌで賞どった『万引ぎ
   家族』観に行ってぎだわよ※1」
 私「へぇー、どうだった?」
 母「んー、何がねぇ、あれは無理※1」
 私「へ?」    (※1 津軽弁原文)
各方面から高評価を得ている本作のどこが無理なのか?
その後、しばらく経ってから、私も鑑賞したのだが、観てようやく合点がいった。
母は、今から数十年前、我が家を襲ったあの悪夢の事件を想起したに違いない。
そう、我が家は他でもない…万引き家族だったのだ。

✤✤✤

私には2歳下の弟がいる。
名はユウ(仮名)と言う。
ユウは人懐っこく、常にニコニコと屈託のない笑顔を周囲に振りまく一見子供らしい子供だったが、声を掛けられたら道行くサイコパスにも平気でついて行く父親譲りの猿脳の持ち主だ。
そんな彼が中一だったある夏の土曜午後。
ユウは、友人と自転車で隣町にある”おかじま電器“に行くといって出掛けていた。
だが、夕方母が晩御飯の支度をする頃になっても帰ってこない。
母がヤキモキしていた矢先、ジリリリリン…とけたたましく黒電話が鳴り響いた。
受話器を取って話を聞く母の顔色がみるみると翳っていく。
私は何事かあったのだと悟った。
電話を切った母に詰め寄った私に、母はこう呟いた。
「ユウ万引ぎでお巡りさんに捕まった。」

お巡りさんに連れられ帰宅したユウを囲み、その晩、家族会議が開かれた。
会議は過去にも何度かあったが、警察沙汰は初めてのことだった。
 母「おめ何すた?」
 ユウ「…おかじま電器でカセット
    テープ取ってきちゃった。」
 母「何でそったごどすた。
   お小遣いはあげでらだべな?」
 ユウ「…お小遣いじゃ買えないやつ。」
 私「は?お前何パクったの?」
 ユウ「…TDKのクロームテープ。」

説明しよう。
その当時、カセットテープには、3種類のポジション(グレード)があった。
・ノーマル(TypeⅠ)
 最も安価で多用されていたタイプ。
 酸化鉄を磁性体に使用しており、重ね
 撮り等の汎用性は高いが、音質や寿命の
 面で他のグレードに劣る。
・クローム(TypeⅡ)
 二酸化クロムを磁性体に使用しており、
 ノーマルよりも中高域の録音再生特性に
 秀でている。
 価格はノーマルの約2~2.5倍程度。
・メタル(TypeⅣ)
 磁性体には非酸化金属由来のメタル
 パウダーを使用。
 低音から高音まで、全域の最大出力
 レベルを強化した音楽録音専用テープ。
 保磁力、残留磁束がノーマルやクローム
 とは桁違いだった。
 価格はノーマルの約5~6倍。
当時貧乏だった我が家の小遣いはひと月400円。
46分300円近いクロームテープを買ったら、そもそも貸レコード店から録音するレコードが借りられなくなってしまう。
貧乏人には高嶺の花だ。
しかし…

私「お前、パクるんなら何でメタル
  テープにしなかったんだよ。」
母「こら!おめなんてごどしゃべるの!」
ユウ「…だって…」
私「だって?」
ユウ「…だって、そんなに高いの
   盗んだら…
   …お店に悪いじゃん。」

なるほどね…て、いやまてぇーーーい!
窃盗自体が極悪だろーが!
お前、何そこでお店に善意ちら見せしちゃってるの!
てか、高価なもの盗めないメンタルて、どんだけ貧乏性なんだよ!
盗っ人失格!!!

その後、正義に生きる母は、涙を流しながら弟のケツを剥き出しにして、平手で100回叩いた。
ユウはケツをしばかれながら「ごめんなさい、ごめんなさい…」と泣きながら詫び続けた。
私は母の平手打ちの回数を心の中で数えていた。
父はそそくさと逃げ出し、隣の部屋でドリフを観ながら「ウキキ」と笑っていた。
隅っこで何も語らず穏やかに見守っていた婆ちゃんは、翌日、近所の電気屋でクロームテープを買ってきて、こっそりとユウに手渡した。

✤✤✤

是枝監督の素晴らしさは、子供達の心理を繊細且つ的確に映像に落とし込む点だ。
祥太は、血の繋がらない妹じゅりを、決して犯罪者にしたくなかったし、何より、治と信代にこれ以上罪を繰り返して欲しくなかった。
そして、自ら警察に逮捕された。
何故って、祥太にとって彼らがかけがえのない本当の家族だったからだ。
本当の家族なら、父や母や妹が罪に手を染めることなど絶対に望まない。
彼の心の成長は、貧困や虐待といったこれ程重いテーマ設定の作品にありながら、観ている私に感動と希望を与えてくれた。
母の平手打ちが、いつだってそうだったように、祥太は大切な大切な家族を救いたかったに違いない。

時に、私の弟ユウは、就職して何年か会社員をしていたが、今から10年程前に一念発起して脱サラ、心機一転ジョブチェンジした。
一体何になったかお分かりか?
驚くことなかれ、得度して浄土真宗(お東)の僧侶になったのだ。
ウソのようなホントの話である。
今では、あの生前慈悲深かった婆ちゃんの法事等の席でも、親戚に請われて説法を説いている。
彼曰く…
「煩悩を抱えている自分に気付くことが大切です」
…究極の”おまいう”に一家全員失笑。
まさに…

    『ドン引き家族』

是枝監督の不朽の名作『万引き家族』は、現在Amazon prime、Netflix、U-NEXT他で配信中。
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