[自慰を御伽噺に昇華した典型的"ムカシハヨカッタ"映画] 60点
タランティーノも丸くなったんだな。普通の映画は多くの食材を料理して一つの作品にするんだと思うが、本作品は小学生がバイキングに行った時のように唐揚げだの焼きそばだのソーセージだのという圧倒的に胃もたれする固有名詞を大量に言及して並べただけなので、正直最初の二時間はいらない。シネフィル的な"俺こんなの知ってるんだぜ"という姿勢も見え隠れしていて萎える部分も多い。説明的なナレーションも多く、危惧していた通り1969年のハリウッドにいたというブルース・リーだの(ドラマ『グリーン・ホーネット』の撮影)、ポランスキー夫妻だの、チャールズ・マンソンだの、スティーヴ・マックィーンだのという好きそうな人物を並べただけで、言及される大量の固有名詞には飽きたらずエピソードすら散乱している。そのため、シャロン・テート側とリック・ダルトン側のエピソードが全く接合されずに(一ヶ所だけ運動が連続する部分がある)、建物同士が並んでいるのと同じ用に、エピソードは平行に走っているだけなのだ。有機的な繋がりが全くない。特に序盤は酷いもんだ。会話していたら突然隣にポランスキー夫妻が車で現れてあからさまに会話を中断させたり、リックとクリフの前をわざとらしくマンソン・ファミリーが通り、二人の会話をわざわざ中断させてまでプッシーキャットとクリフの目線のやり取りを撮すとか。個人的にタランティーノは『パルプ・フィクション』あたりで成長を止めて、後は貯金したポテンシャルを切り崩してきたと思っているんだが、今回はとうとうそれすら尽きたらしい。ラスト近くまでは本当にタランティーノじゃない人間が撮った限りなくタランティーノ映画に近い映画なのかと思うくらい散漫だった。
散々フィルムっぽい映像とかモノクロ映像とか出してるのに、カメラが全く出てこない。冒頭のインタビュー映像も突然カメラが二人とインタビュアーの間に割って入って切り返しを繰り出すため不自然に見える。また、ウエスタンの撮影シーンもスタジオでの収録の話なのに切り返しは既に編集されたものになっている。リックが間違えると画面外から声が聴こえてくるが、裏方の姿は見えない。では、そういうある種の幻想的な演出なのかというと、別のシーンでは普通にカメラが出てくるのだ。加えて、タランティーノがスタントマン大好きなのは分かったが、スタントマン以外の裏方を軽視しすぎているきらいもある。カメラ、衣装、小道具など多くの人員を動員して作るのが映画(特に昔は)なのに、彼らを撮しすらしないのだ。その姿勢は画面にすら現れている。印象的なショットが皆無なのだ。リックが歩いていくとシャロンのお尻に重なるシーンとスパーン牧場(の高低差)、ラストの殺戮シーンは良かったけど。
本公開前に三画面同時視聴で有名なコメンテーターの有村某が"古き良きハリウッド"云々という毒にも薬にもならない適当なコメントをして炎上していたが、本作品だけを見る限りそれは正しいコメントに思える。勿論、その御方が当時のスタジオシステムの斜陽化やニューシネマの台頭などを勉強していないのは問題だが、本作品が一つの側面だけに注目しているくせに"昔々ハリウッドで"という主語をデカくするのも問題だ。当時の問題はマンソン・ファミリーだけじゃなかったはずだし、そもそも問題にはなる前だったし、となると問題はリックの中身だけで外部には茨一つ転がっていないのだ。だから、多分宇宙人にこの映画を昔の映画だと言って見せたら"昔は良かったんだね"と言うはず。典型的な"ムカシハヨカッタ"映画に落ち着いている。ということで、映画としてそれなりの幸福感は確かにあるんだが、同時に"なんか違うんだよな"という感覚になるのも否めない。
ラストの一日が始まったあたりのナレーション処理なんか酷くて、泣きそうになったが最後の10分くらいになって漸く本調子を取り戻したように見えた。エンディングは愛に満ちていて、漸くタランティーノがやりたかったことは理解した。お伽噺だ。やりたい放題やって結局自殺したヒトラーを映画でぶち殺したように、好き放題されていた黒人奴隷が白人農場主をぶち殺したように、今回はシャロン・テートを殺すはずだったたマンソン・ファミリーをクリフがぶち殺し、リックが焼き払う。もし生き延びていたら、何万という人々を救えたかもしれない、その後のポランスキーの人生を変えたかもしれない。何百何万という"かもしれない"を生み出すあのラストは、やっぱり評価すべきなんだろう。
ファンでもなんでもないが、これ以上耄碌した姿はみたくないのでとっとと引退して映画観まくって子育てする余生を送ってくれ。頼むから。あと、金が余ってるなら次の映画撮るとか後輩指導じゃなくて古い映画のリマスターをしてくれ。私は本作品をファム・ファタールには出来なかった。ヴィム・ファタール止まりっすね。
