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ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッドのarinのレビュー・感想・評価

4.8
タランティーノからの60年代カルチャーへのラブレター。

ブラピとレオ様の二大スターがダブル主演することで大いに話題になった本作。
映画マニアで知られるタランティーノ監督の持ち味である“ごった煮”感が遺憾なく発揮されている。
過去には「キル・ビル」でウエスタンとサスペンスとジャパニメーションとチャンバラとを一作の中でえがいた監督だが、本作「ワンハリ」でもさまざまな趣向やギミックを凝らす。

はめ込み合成で過去の名画(例えば『大脱走(1963)』にレオ様を出演させたり、スティーブ・マックイーンやブルース・リーといった往年のスターをキャラクターとして登場させたり(ブルース・リーとの格闘シーンも!)。
劇中劇でウエスタン映画が展開するシークエンスがあるのだが、俳優たちの演技に呑まれて、劇中劇であることを一瞬忘れるほど。また、後述するがスリラーやバイオレンス的な趣向もある。そのほか、多数の有名スターが出演していることも映画への注目を高めるギミックのひとつと言えるだろう。

登場キャラクターもまた魅力的だ。
レオ様演じるリック・ダルトンは西部劇で一躍スターになったが、年齢的な問題から悪役しか回ってこず、そのうちハリウッドから消えてしまうのではないかという不安のなかで酒に溺れている。感情的ですぐカッとなるが、役者としてのプライドは忘れない。リックの奮闘ぶりが中盤の盛り上がりどころになる。

ブラピ演じるクリフ・ブースは、リック専属のスタントマンであり世話係でもある。長年の友情で結ばれてきた二人だが、リックが自宅のバーでカクテル傾けるような生活をしているのとは対象的に、ガタがきているトレーラーハウスでテレビを肴に安酒あおる日々。飼い犬のピットブル・ブランディにおしみない愛情を注ぐ彼だが、とある事情があって一部の人から蛇蝎のごとく嫌われている。

こんな"兄弟以上妻未満"な二人の友情を軸に物語が展開するのと並行して、実在の女優シャロン・テートの生活が描かれる。シャロン・テートといえば、女優業よりもアメリカ犯罪史のなかでその名が知れた人物である。こちらはマーゴット・ロビーが60年代の華やかな装いでキュートに演じている。

シャロン・テートには、常に血のイメージがまとわりついている。カルト教団の犠牲者として。筆舌に尽くしがたい猟奇事件の犠牲者として。
だが、「ワンハリ」のシャロン・テートは幸せな女性である。夫で映画監督のロマン・ポランスキーの豪邸で優雅に暮らし、自分の出演作を見に劇場に行って、観客の反応に一喜一憂する。彼女のことを大事にする友人に囲まれている。
なお、彼女は主人公リックの隣家に暮らしているのだが、落ち目のスターであるリックたちとはなかなか接点がない。

やがてシャロン・テートの運命を決する人間たちが現れる。悪のカリスマ、チャーリー・マンソン、そして彼が率いるカルト教団「ファミリー」のメンバーたちだ。物語は史実の通りに進み、運命の1969年8月8日、凶刃を携えた「ファミリー」の殺戮者たちがシャロンの暮らすシエロ・ドライブへとオンボロ車で乗り付けてくる。この騒動に関わってしまうのは、お隣で暮らすリックとクリフたちだ! 「ファミリー」は大勢の人間を殺してきた危険な集団だ。果たして彼らの運命は?

結末はさまざまな異論を巻き起こしたことだろう。僕なんかは「えっ、これで終わりなの?」と落胆にも近い感情を抱いた。
だが、感想をまとめるなかで、この結末こそがタランティーノの伝えたかったことなのではないかと思えるようになった。なぜなら、この結末でしか描けない世界がそこにはあるからだ。それはとってもシアワセな世界である。われわれの心に一瞬だけ浮かび上がって、すぐ泡のように消えてしまう世界ではあるけれど。

このような思い切った形で物語に終止符を打つのはよほどの勇気と、そして愛がなければできない。この映画は、タランティーノの60年代への愛であふれているのだ。
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