木蘭

スーツの木蘭のレビュー・感想・評価

スーツ(2003年製作の映画)
3.4
 背伸びしてのぞき込んだ大人達の世界は、誰も彼もが利己的で、うわべばかり見て相手の中身を知ろうともしていない浅はかな姿。それに幻滅し脱ぎ去る事で本当に自立した大人になる姿を、GUCCIのスーツに象徴させた物語...

 フドイナザーロフ監督が『ルナ・パパ』の成功の余勢を駆って、というかそれを期待されて制作されたのだろう、初めて祖国タジキスタンを離れて、同じ旧ソ連のクリミアで撮影した作品。
 中央アジアとはひと味違うが、同じく内海の黒海に面する風光明媚な港町を舞台に、猥雑だがファンタジックで美しい世界を描き出す。

 躍動感あふれる乗り物を描いたらユーラシア一の監督だが、今回は乗り物が少な目。
 その代わりに(前作から多用し始めた)人間を飛んだり跳ねたり踊らせたりさせる演出を増やし、更には画面を斜めにしてみたり、まるで傾けた箱の中で沢山のビー玉が転がりぶつかり合う様な作品に仕上げているのだが...これが良くない。
 登場人物達が飛んだり跳ねたりしても、物語はちっとも跳ねないし、初めは楽しくみていたが、段々とうっとうしくなってくる。
 物語も群像劇的でまとまりが無いし、カタルシスも少なく、モヤモヤしてしまう。
 こうしてみると、フドイナザーロフ監督って人間を描く時に、一寸した不器用さを感じる。勿論、それが味わいにもなるのだが。

 『ルナ・パパ』の時に上手くいったのは、ヒロインを演じるチュルパン・ハマートヴァの身体表現が素晴らしかったのと、周りを固める俳優達に絶対的な安定感があったから。
 今作の主人公を演じる俳優達は彼女と比べると見劣りするし、数が増えて、しかも周りの大人達も踊っているのだから辛い。

 でもそれは暗示的で、心の動きと体の動きを連動させる演出をしているのだろう。
 混乱と時に抑圧的な世界の中で、揺るぎない父親と不安定な子供達が肩を寄せ合っている前作に対して、心が躍動しない(出来ない)祖母や継母たち以外は、皆が自分勝手に飛んで叫んで踊っている姿は悲しい・・・。

 そう、これは愉快な様でいて・・・とてもとても悲しい、幻滅と幼年期の終わりを描いた物語。
木蘭

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