くまちゃん

クリード 炎の宿敵のくまちゃんのネタバレレビュー・内容・結末

クリード 炎の宿敵(2018年製作の映画)
3.6

このレビューはネタバレを含みます

「ロッキー4/炎の友情」は色々な意味で観客に大きな衝撃を与えた。
お手伝いロボットやアポロの死、全体に漂うプロパガンダ。その中で際立って我々が度肝を抜かれたのはドルフ・ラングレンの絶対的な威圧感だろう。
それまで拳を交わしてきたアポロ・クリードもクラバー・ラングも強敵ではあったが、イワン・ドラゴに限っては膝をつく姿すら想像できなかった。それはアポロ・クリードのリング上で起きた悲劇によりドラゴの強さは証明されたのだ。

今作ではアポロ・クリードの息子アドニスとイワン・ドラゴの息子ヴィクターが拳を交える。

イワン・ドラゴはロッキーとの勝負に敗れ全てを失った。
国も尊敬も妻も。
イワンは息子ヴィクターをボクサーとして育て復讐のチャンスを虎視眈々と狙っていた。そんな折、アドニス・クリードが現王者ウィーラーを下し、脚光を浴びる。

アドニスのタイトルマッチがヴィクター戦の前座のような軽い描き方なのは勝利自体にそれほど重きを置いていないためなのか?前作でアドニスが敗れたスパーリングと同様車を賭ける展開は若干雑でありファンサービス以外のなにものでもない。前作を踏襲するならもっと丁寧に盛り込んで劇的にすることも可能だったはずだ。

レストラン「エイドリアンズ」にて対峙するロッキーとドラゴ。
なぜだろうか。
アドニスもヴィクターも若く彫刻のような肉体をしている。ボクサーてしても一流なのは間違いないだろう。
しかし、老齢となって尚、ロッキーとドラゴの方が強そうに見える。2世同士のマッチメイクよりロッキーvsドラゴの再戦を望んでしまうのは二人のオリジナルな魅力ゆえ。

ロッキーもアドニスも気持ちを伝えるのが苦手という部分で共通しているが性質的には異なる。
ロッキーは不器用、アドニスは子供なのだ。うまく言葉を伝えられず誤解を与えやすいロッキーに対し、アドニスは純粋な言葉足らずで気持ちが伝わらず、相手の気持ちを汲もうともしない。そのリテラシーの低さがアドニスの最大の欠点と言えるだろう。
ロッキーが自身のセコンドを降りた事に激しく怒り傷つき恨むアドニス。
ロッキーはドラゴの挑戦を受けることに反対していた。アポロの悲劇を繰り返したくないからだ。息子まで死なせてしまってはアポロにもメアリーにも申し訳が立たない。ドラゴはロッキーにとって強烈なトラウマを残していた。逃げたい、関わりたくないと考えるのが当然だろう。
アドニスは父の敵からの挑戦に深い因縁を感じたはずだ。父が勝てなかった相手を父譲りの拳でクリードの名声を保ちたい。自分はチャンピオンだ。ヴィクターのファイトスタイルは荒々しいとロッキーも言っていた。今が闘うときだ。挑戦を受けるときだ。ドラゴに一矢報いる。その機会が訪れた。

本来であれば戦いたいというエゴとロッキーの不安を天秤にかけ、セコンドに付くか降りるか、ロッキーの意思に委ねるべきだろう。
共に闘って欲しいが無理強いはしない。
ロッキーがいなくても自分は闘う。
いてくれれば心強い。
そのぐらいの度量をみせてもよかったのではないか?今作でアドニスは夫となり父となった。精神的に大人になるべきなのだ。それを描くべきなのだ。「ロッキー」と冠している限り。

ロッキーに見捨てられたと不貞腐れ、案の定ヴィクターに敗れ、見舞いに訪れたロッキーにきつく当たるアドニス。その姿は子供そのものだ。
試合前、ロッキーは忠告していた。
ドラゴは全てを失い捨てるものがない。だから強いのだと。アドニスは甘かった。この敗戦は必然と言える。

敗戦。というのは正確ではない。
倒れたアドニスに容赦ない拳を浴びせたことでヴィクターは反則負けを喫した。
ルール上は王座はアドニスのまま。
だが世間の目は違った。
衆人環視の中、肋骨を折られ、眼窩を割られ、膝を付き、意識を刈り取られた。
実力差は歴然だった。
アドニス・クリードは本当に強いのか?
チャンピオンに相応しいのか?
批判やヴィクターとの再戦を望む声が日に日に膨張していく。このアドニスが置かれた状況は奇しくもロッキーと戦った後のアポロと全く同じ状態である。

アドニスは家族を得るとともにボクサーとしての名誉を失った。

ヴィクターはアドニスに力の差を見せつけた。この一戦はボクシング界に波紋を広げる。国家的英雄から転落した父、そして父の過去に輝く栄光へ王手をかけるヴィクター。
ヴィクターの活躍を祝う食事会の場面はドラゴ親子の長年の孤立を如実に物語る。

今作にはドラゴの元妻ルドミラが登場し、ブリジット・ニールセンが続投している。ニールセンと言えば、シルベスター・スタローンと交際中に「ロッキー4」へ出演し、結婚後「コブラ」で夫婦共演し、「ビバリーヒルズ・コップ2」で知り合ったトニー・スコット監督と不貞関係にあった事が知られている。
同役での出演は嬉しい限りだが、本人はどんな気持ちだったのか。

ヴィクターと再び拳を交えるアドニス。
結果はアドニスが勝利する。が、なぜ勝てたのか判然としない。アドニスは再起を図り、ボクシングの虎ノ門にて自身を極限まで追い込み心身ともに鍛え直してきた。それでもヴィクターに勝てるほどの力を得たとは見ていてどうしても思えないのだ。なぜならアドニスは試合で怪我をした後しばらく休養していた。その間もヴィクターはトレーニングに励み試合をこなし、さらなる力をつけていった。つまりアドニスとの力差は開くばかりで縮まってはいない。それなのに互角以上の戦い。ただの御都合主義でしかない。

ヴィクターはアドニスに追い詰められ、猛攻を受ける。

その時、白いタオルが投げ入れられた。

イワン・ドラゴは試合を放棄した。
自分は敗北によって全てを失った。負けることの恐怖を誰よりも知っている。
それでも優先しなければならないものがあった。
ヴィクター・ドラゴ。
愛する息子の命だ。
地位や名誉を失うことより息子を失うことのほうが怖かった。
タオルを投げ入れる。その簡単な行為はロッキーにはできなかった事でもある。
それをあれほど勝利に執着していたドラゴが実行する、この意味はとてつもなく大きく深い。
観客がアドニスに対する、または脚本に対する様々なストレスが一気に霧散した。この一場面にはそれほどの感動があった。試合終了のゴングと共に息子へ駆け寄るドラゴ。それに子供のように反発し、悔しがるヴィクターの姿がなんとも切ない。ドラゴ親子はその後、二人でトレーニングに励みさらなる高みを目指す。
また、ロッキーは疎遠になった息子を訪れ、初めて孫と対面する。
そこには戦いに明け暮れた野獣のような相貌も、妻や親友に先立たれた空虚な眼差しもない。愛する家族の元へ帰還した好々爺。それが今のロッキーが手に入れたささやかな幸せのカタチである。
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