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イングランド・イズ・マイン モリッシー, はじまりの物語のnoteのネタバレレビュー・内容・結末

3.6

このレビューはネタバレを含みます

1976年、マンチェスター。高校を中退したモリッシーは、ライブハウスに通いつめバンド批評を音楽誌に投稿する日々を送っていた。家計を助けるために就職したものの職場になじめない彼には、仕事をサボって詩を書くことが唯一の慰めだったが…。

80年代イギリスの音楽シーンを席巻したロックバンド「The Smith」のボーカリストのモリッシーを主人公に、バンド結成前の日々を描いた青春映画の佳作。

個人的にはリアルタイムでThe Smithを聞き、ハマった世代。
The Smithを知る人なら分かると思うが、辛辣で皮肉たっぷりのモリッシーの歌詞はどのようにして生まれたのか?と期待して見たのだが、描かれる人物像は歌詞が表すような過激でも不遜な人物でもなく、過去映像で見るようなナルシストでもなく、内気で控えめな青年が社会に馴染めずに苦悩する姿。

別にモリッシーという人物の名を冠する必要はない、詩や文学を愛する青年の姿なのだが…
自分のやりたいことが周囲に受け入れられず、妥協して社会の駒として生きて行かなければならないのか…?と、悩むモラトリアムな時期は誰にでもある。
そこが共感を呼ぶ作品となっている。

ある日、美大生のリンダと出会ったモリッシーは、彼女の後押しもあって自らバンドを結成することに。
「批判するくらいなら、自分で歌を作ってやってみたら?」という問いかけである。
初ライブは意外にも成功を収め、バンドにはレコード会社からスカウトの声が掛かる。
有頂天のモリッシーはミュージシャンを目指すべく仕事を辞めてしまうが…。
スカウトされたのは、実はサウンドを支えるギタリストだけだった。
それもまた、良くある話である。

歌詞を認めてもらえなかったモリッシーは挫折を経験し、しばらく引きこもる暮らしを続けるが、突然ギタリストのジョニー・マーという幸運の天使が自宅を訪れ、「これからThe Smithが始動するのか?」というところで物語は終わる。

ファンとしてはThe Smithの楽曲が一切掛からないのは、やはり大きな不満である。
しかし、その後のThe Smithにおけるモリッシーの楽曲に通ずる「伏線」がそこかしこに感じられるのがファンとしてはニヤニヤしてしまう。

トゲトゲしいバンドへの批評文と理解されない音楽への愛情はまさに「The Boy With the Thorn in His Side」の歌詞そのもの。
流行りの音楽ばかりを掛けるクラブに辟易する様は「ディスコを焼き払え、下らない曲ばかり流すDJを吊るし上げろ」と歌う「Panic」を連想させる。

萌え袖でクネクネと陶酔しながら踊るライブシーンは、後にモリッシーがThe Smithで歌う姿を彷彿とさせる。
(グラジオラスの花を腰からぶら下げていれば完璧だったが)

職場に馴染めず、仕事をサボりまくるシーンで脳内に流れるのは「Work Is a Four-Letter Word」。
理解者のリンダとデートする場所は文字通り「Cemetary Gates」で、ベンチから見える墓石には「Asleep」と刻まれている。

仕事を辞めて父親に責められる姿は、「今の僕の惨めさは誰にもわからない」と歌う「Heaven Knows I'm Miserable Now」。

ウジウジと引きこもる様は「今に幸せはやって来るよ」って君は言うけど、今っていつなの?ねえ、僕はもう随分待ってるよ、希望なんてすっかり無くなった…と歌う「How Soon Is Now?」、または「僕はまだ病んでいるの?」と歌う「Still ill」という曲がよく似合う。

モリッシー本人の許可無く作られた伝記映画らしいので、モリッシーの曲もザ・スミスの曲も使えない。
ファンだったらそれなりに「ああ、モリッシーの青春はこんなふうだったんだろうな…」と思って楽しめる作品。

The Smithとモリッシーを知らない人には全然面白くない映画かもしれない。
しかし、映画は明らかに劇中のモリッシーと同じ、モラトリアムな人にも向けて映画は作られている。

ダイバーシティ(多様性)が叫ばれる今でこそ「みんな違って良いのだ」と、ニートや引きこもりといった社会不適合者が一定の理解を得られるようになった。
しかし自分も青春を過ごした1980年代は、人生の苦悩を大衆の前で曝け出したなら「なんて、みっともない」と揶揄われ、「気持ち悪い」と軽蔑される時代だった。

好景気で陽気な時代だったあの頃、いわゆる「根暗」(死語)な若者は、明らかに少数派で忌み嫌われる存在だったが、臆面も無く「世界はクソだ」と歌うThe Smithは自分を含めて(イギリスの労働者階級に似た)ネガティブな若者から絶大な支持を得たのである。

この映画はあくまでもフィクションの映画なのだが、これから人生の荒波に立ち向かう若者のための応援歌に思えてならない。

繊細で夢があるが、世間とこじれてしまう若者(またはそんな青春を経験した者)には、本作のモリッシーの青春にきっと共感できるだろう。

悩める若者はぜひThe Smithを聴いて欲しい。
冒頭と最後に出てくるダムの映像は明らかに「Reel around the fountain」の比喩。
噴水を囲む一つの糸(希望)を見つけることができるかもしれない。
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