CHEBUNBUN

覗かれる人妻 シュレーディンガーの女のCHEBUNBUNのレビュー・感想・評価

5.0
【日本にも既にあった『パラサイト 半地下の家族』】
映画仲間に会うたびに城定秀夫作品を観るんだ!と言われる。城定秀夫はパッケージを観ると、俗なエロ映画というイメージがあるのだが、観ると非常に高度な技法が使われているんだとか。人にオススメされた作品は基本観るスタンスの私はようやく城定秀夫映画童貞を捨てて観ました。

みすぼらしい男が双眼鏡で何かを覗いている。どうやら競馬のようだ。前のめりになりながら馬を観測しているのだが、突然彼は券を投げ捨ててしまう。馬を見せなくても、試合結果を説明しなくても「競馬に負けた」ことが仕草で分かる。次の場面で彼は、向かいの家を覗いている。官能的な女が、壊れた扇風機を置く。次の場面で、その扇風機は男の部屋の中でぎこちなく回る。これだけで、「男が扇風機を持ち帰った」ことを表現する。また、彼の社会的地位の低さを表現する描写も工事現場で先輩に暴力を振るわれる描写を2つ用意するだけで説得力を持たせてしまう。

この三場面で城定秀夫は只者でないことが感じ取れる。

「現実は観測される事ではじめて存在する」

《シュレディンガーの猫》が意味する観測されるまで実態は安定しない事と、《覗き》を関連させて、驚くべきことに『パラサイト 半地下の家族』に匹敵するスリリングな潜入劇が展開されていく。

モンスターのような男を介抱する向かいの女が気になってしょうがない男は、飲み屋で男がカノジョに《シュレディンガーの猫》を話している様からインスピレーションを得たのか彼は一線を超えてしまう。飲み屋でカップルに暴力を振るうも、返り討ちに遭い道端に気絶していた彼の前にあの女性が通過する。「観測するまでは分からない。もしかしたら美人も観測されていないときは、違うかも知れないし、そもそも存在がないのかも知れない。」そんな男の言葉を思い出したかのように、彼は彼女を追跡する。そして、覗き部屋に辿り着く。そして彼はマジックミラー越しに、彼女の裏の顔を知るのだ。彼女の裏の顔を知りながらマスターベーションすることに快感を覚えた彼は、定期的に覗き部屋に通い始め、さらにはデリヘル嬢を呼んで、向かいの窓を眺めながらセックスに励むようになる。

「現実は観測される事ではじめて存在する」

無意識に植えつけられたシュレディンガーの猫から来る増幅された覗きに対する渇望は、ボヤ騒ぎでさらなる一線を超えてしまう。タバコの火が原因で、煙がモクモク上がる向かいの家。男は焦り、無断で侵入して火元を消す。しかし、うっかり部屋にあったベッドの上で妄想セックスを行い、そのまま寝込んでしまう。当然ながら女が帰ってきて、修羅場になるのだが、彼女が家では裸で過ごしていること。そして彼女が介抱する男が認知症で、自分のことを正しく認知できないことをキッカケに、押入れの中から彼女の生活を覗きこむことになるのです。

そして段々と寄生虫のように大胆に家のものを漁るようになる。

まさしく『パラサイト 半地下の家族』で描かれる豊かな家に寄生しスリリングに乗っ取っていく過程をエロ映画でやってのけてしまっているのだ。かつて、ポルノ映画、官能映画がその俗に反して高度な技術を試す場所となっていた。《覗く》行為で言えば、若松孝二が『壁の中の秘事』で団地に押し込まれる専業主婦の退屈さを覗く行為から増幅していった。

城定秀夫監督は、日活ロマンポルノ時代が持っていたエロスと実験精神の邂逅を大切にしている監督だと感じた。これは新作『性の劇薬』も観なくては!
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