櫻イミト

The Diabolical Dr. Z(英題)の櫻イミトのレビュー・感想・評価

The Diabolical Dr. Z(英題)(1966年製作の映画)
3.5
スペインのジェス・フランコ監督による初期ゴシック猟奇ホラー4部作の4本目。監督の最初期代表作と評される一本。脚本は「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」(1972)のジャン=クロード・カリエール。原題は「Miss Muerte(死の淑女)」。「英題は「The Diabolical Dr. Z(悪魔のようなドクターZ)」。

スペインの人里離れた屋敷。ジマー博士は娘イルマと“人間の精神をコントロールする装置”を開発していた。ある夜、屋敷に転がり込んできた脱獄囚フランツを人体実験にかけ遂に装置は完成。ジマー博士は学会でこの成果を発表するが、医学者たちから非道だと糾弾され、ショックで発作を起こし絶命。残された娘イルマは狂気に取り付かれて衝動殺人を犯し顔に火傷を負う。狂気の矛先は父を責めた医学者三人に向かい、脱獄囚フランツとクラブの蜘蛛パフォーマー・ナディアを装置で操り暗殺作戦を開始する。。。

フランコ監督ゴシックホラーの集大成的な内容。同時に以降作品の必須モチーとなる前衛パフォーマンス(蜘蛛女とマネキンの絡み)と女性による悪の主役が初めて登場し、監督の白黒時代からカラー時代への結節点となる一本だった。

過去作で繰り返されてきた“何者かを操って殺人”の設定。その技術がこれまでは曖昧だったが、本作ではレトロフューチャーなデザインの大掛かりな装置を用いて体内にコントロール薬を注入する様子が描かれる。また顔面火傷手術は「顔のない眼」(1959)を連想させ、序盤はSFホラー、医療ホラーの色あい。それが中盤からは蜘蛛女の色仕掛けと黒革の手袋に隠された長い爪での殺傷とジャッロ色が。続いて電車からの突き落とし、脱獄囚との格闘などアクション演出に力が入り、多ジャンルてんこ盛りのエンターテイメントに仕上っている。

白黒の映像は相変わらず美しく、ゴシック&ノワール色を高めている。ゴシック4部作の中で最高の製作費が投じられ美術照明もエキストラの数もA級プログラムの規模。女性主人公が一人一人と復讐を遂げていくサスペンス・プロットはトリュフォー監督「黒衣の花嫁」(1968)に先駆けている。フランコ監督ならではのジャズ劇伴も多用され、マニアたちの間で傑作と位置付けられるのは頷ける。

ただ、これら外連味の重視によりシナリオの流れには強引さが目立つ。個人的には前三作に通底する悲哀や情緒が好きだったので、その点から言えばエンターテイメントに振り切った本作には少々物足りなさを感じた。

フランコ監督の初期ゴシック・ホラー四部作を観終えて、映画の基礎デッサンがしっかりした作家である事が良く解った。ジャズを中心とした音楽使いのセンスの良さ、過去の名作映画やシュルレアリスムの知識も感じられる。

監督の出自を紐解けば、スペイン・マルドリッドの国立映画研究所と王立音楽アカデミーを卒業し、パリ・ソルボンヌの国立映画高等学校へ留学。放課後には映画鑑賞の傍ら、ナイトクラブでジャズピアニストのアルバイト。この頃にマルキ・ド・サドの「閨房哲学」と出会い映画化の夢を膨らませたのだそう。彼の映画の要素はパリ時代に培われていたのである。

監督のフィルモグラフィーは本作を経てカラー映画へと向かう。映画人としての基礎固めを終え、さらに色濃く作家性を発揮していくことになる。

※本作ではフランコ監督と常連音楽担当のダニエル・J・ホワイトが刑事コンビ役で出演。これが初めての役名付き出演となった。
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