まさか

半世界のまさかのレビュー・感想・評価

半世界(2018年製作の映画)
4.8
最近は頭で観る映画ばかりに触れていた。メッセージが先に立つ映画や、構成が複雑で考えさせる映画、そしてドキュメンタリーなどだ。もちろんそういう映画も好きだ。けれどこの作品に触れて、ああ、この感覚こそが映画を観る喜びではなかったかと改めて気づかされた。頭ではなくお腹で観る映画。ずっしりと、しみじみと、はらわたの底に沁み込んでくる。

作りものではない人の息遣い、内に秘めた哀しみ、どこにもぶつけようのない怒り、静かな喜び、慟哭。そういうものが丁寧に描かれた映画は稀ではないだろうか。個人的には2年前に観た『マンチェスター・バイ・ザ・シー』以来かもしれない。まあ、自分が阪本順治の信奉者だから、少しだけ点が甘いかもしれないけれど。

主人公は3人の男たち。小学校から高校までを一緒に過ごし、今や40歳を目前にして、少しくたびれた感じのする中年のオヤジたちだ。そんな3人の、少し問題を抱えた日々を描いた作品である。

多少波風の立つこともあるが、他の映画にありがちな派手なドラマはそう多くない。なのにスクリーンで展開する一つひとつのシーンに深く静かな物語性が宿っている。嘘のない人の暮らしが息づいている。

例えば主人公の一人が生業にしている炭焼きのシーン。山から木を切り出し、それを小さく切り分け、登り窯のような炭焼き窯で、低温で長い時間をかけて焼き、真っ赤になった炭に砂をかけて冷やす。その単調なプロセスを物語の中に織り込んで、体を動かして働くことの苦労や貴さを浮き彫りにしている。とても印象深い。

主人公を演じた稲垣吾郎、長谷川博巳、渋川清彦、そして池脇千鶴が、本当によかった。何と言っても、稲垣吾郎が炭焼き職人の役柄に合うと睨んだ阪本順治の慧眼には脱帽するほかない。終始無口で、世間への敵意と怒りのようなものを顔に張り付けている長谷川博巳の演技も鬼気迫るものがある。ちょっと頓馬で心優しい男になりきった渋川清彦の寂しい笑顔が忘れられない。池脇千鶴はもはや大女優だ。2003年公開の『ジョゼと虎と魚たち』の時からすでに大器を予感させていたけれど、彼女の演技は演技を超えている。

ということで、本作は僕の生涯ベストテンに入れたい。でも、これでベストテン候補が完全に30本を超えてしまう。喜ばしくも困ったことだ(苦笑)。
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