幽斎

ヘレディタリー/継承の幽斎のレビュー・感想・評価

ヘレディタリー/継承(2018年製作の映画)
5.0
余りの評判の良さにステマなんじゃと半信半疑で、お手並み拝見。すると、どうだ!全編を覆う不穏な空気感、隅々に目を凝らさないと分らない伏線の数々、脅かす事を排除した不協和音と緻密な音響効果、数多くの映画を見てきたが、これだけ映画館が緊張感に包まれた作品を私は知らない。大事な事なので、もう一度言う、この映画は絶対に映画館で見るべき。安穏とした自宅で50inchのテレビで見ても、全く伝わないだろう・・・5点では全然足りない。

冒頭でミニチュアハウスが、実際の映像とシンクロする形で物語が始まる。この時点で現実世界が悪魔との2重視点と明確に示される。何という隠喩なオープニング、スイッチ1つで昼と夜が入れ替わる様な演出も秀逸。特徴的だったのが昼間のシーン、悪魔は夜に暗躍するのがお約束ですが、この悪魔は昼間でもお構いなし、しかもその表現が「光」なのです。綺麗な光が悪魔を表すとは、センスが良いにも程が有る。「シャイニング」が鏡を使った演出で別世界を表現してた事を思い出した。

演出面で言えば、悪魔の表し方も奮ってる。「インシディアス」の様に驚かすのではなく、ただ存在を見せ説明はしない。これは日本の幽霊に近く、幽霊とは生きる人間が妄想する事で現れるもので、決して実在しない。其処に居る理由も分らず、人を襲う訳でもない心霊は、だからこそ怖い。家族を守る事を恒とするハリウッドで、家族を顧みない、なんなら死んでくれと描く姿を見る側も受け入れてしまう心理状態に追い込む演出こそ悪魔的だ。

謎の言葉を残した祖母、自己中心的で感情移入出来ない母、寡黙で唯一霊感の無い父、年相応な行動をとるが根は優しい兄、不気味で舌を鳴らす妹、全てが悪魔に依って操られ、ミニチュアハウスで未来が暗示される構成は、悪魔が長年に渡って君臨してきた証でもある。悪魔儀式に詳しい友人に依れば(普通にいい人)、壁に刻まれた謎のフレーズが出る度に「ああ、なるほど」と感心してた。劇中で登場するパイモンの紋章も実際アレだそうで、パイモンは男の体と女の顔を持ち王冠を頂くそうなので、物語の通り。これだけで短編が作れる程の情報量だ。例えば兄が初めて登場した時、その顔立ちから異国的違和感を感じた。本当にあの両親から生まれたのだろうか?母が生みたくなかったと本人に語るシーンも、悪魔支配の根深さを感じます。

本作が人を選ぶ作品で有る事は間違いない。後半の展開なんて笑っちゃった、と言う人は伏線の回収が不十分。玄人で無い限り情報量と伏線が多過ぎて、とても初見で咀嚼出来ない。まあ「初見で分るのが映画っていうエンタメじゃないの」と言う御意見も御最も。監督のインタビューで「劇場公開版では2時間ちょっとだが、本当は3時間だった」と言う通り、伏線の回収が置き去りのモノも有る。例えば妹が後半で書いたノートには兄の目が消されてるが、その様なシーンは無い。しかし、劇場であの緊張感が3時間も続くと、生理的に無理だ。Blu-ray化された時に、ディレクターズ・カット版もお願いしたいものです。

懐古的な映像美と、現代的な切り口の演出が相まってホラーの域を超えた、オカルト・スリラーの傑作が降臨。正月から良いモノが見れて大満足。
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