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華氏911の白のネタバレレビュー・内容・結末

華氏911(2004年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

アダム・スミスは『道徳感情論』で「体系の人」に言及し、そのような人は自分では非常に賢明になりがちで、ひとつの大きな社会の構成員をチェス盤の上の様々な駒のように配置すると述べている。ヒュームは「必然性」を特徴とする因果律や為政者と諸個人とのロック流社会契約説に懐疑を示した。またアメリカの神学者ニーバーによると、近代人はある種の完全な社会に近づくことを期待していると。
そこには紛れもない「進歩」の観念が多くの要素によって合成され、設計主義の系譜を紐解き、アメリカが何故これ程までに「正義」に固執するのかを解き明かす。

実験(experiment)とは「危険(ペリル)に身をさらす(エクス)」ことが語源である。社会をある種の理念や数学的計算に基づき設計しようとした実験の結果、まさに人々は危機に晒されている。英国及び国教会に対する独立革命というテロを起源にグレートリセットを行い、移民が社会契約し設計した左翼実験人工国家がアメリカ。この国の現在進行形の「実験」は、今日においても危険と隣り合わせだ。

活版印刷術が発明された後のルターによる聖書翻訳とカルヴァンの強力な正義観と独自の道徳観に端を発したキリスト教改革が、ヨーロッパを神の国家から人間の国家へと変え、メシアニズムに由来した千年王国思想の暴走をもたらした。予定説は人種差別の思想的基盤になった。

その思想は引き継がれ新大陸は選ばれた民の地になる。神と人との新たなる契約に基づいて新大陸に理想の楽園を建設することが自分達の使命だとイギリス植民地時代のピューリタンは信じた。一からやり直すアダム、つまり、出直す人類の重責を担った自分達と、旧約聖書の世界に登場する神と「契約」を結んだ選民、イスラエルの民との間に類似性を見いだしたのが「アメリカ人」。ニューヨークはジューヨークであり、ボストンとは丘の上のシオンである。

こうしてキリスト教徒の国アメリカが、新大陸をユダヤ教徒の旧約聖書の古代世界に準え解釈し、「選ばれた民」としてアメリカ人のアイデンティティを確立していく。

とりわけ『エレミヤ書』のジュレマイアッドが今日までアメリカ社会に影響を与え続けている。この思考様式はイスラエル民族存亡の危機を背景とした精神状態のことで、歴代アメリカ大統領が「偉大なアメリカ」を唱え、敵を仮想し排除しようとするのにはこうした潜在的な危機意識がある。

またアメリカの独立宣言ではロックの社会契約説が確認される。つまり、造物主(神)により授けられた自然権(人権)を侵犯しない政府が設立され、政府は人民と契約を交わす。コモン=センスは独立の”必然性”と共和制の妥当性を説きそれを応援した。
こうして千年王国が誕生し、マニフェスト·デスティニーとフロンティア·スピリットは神の御意志のもとで標榜され、ジャクソンはインディアンを虐殺した。老若男女問わず皆殺しにし、インディアンの流された血と黒人奴隷の汗で滲んだ大地の上に建つのがアメリカ映画ビジネスの地、ハリウッドだ。

この映画はピューリタニズムの閉鎖性と残虐性をアメリカの歴史と照らし合わせて、ブッシュ政権の腐敗政治を指摘する。アメリカとは「大義」そのものであり、その大義の根本には聖書がある。

アメリカ人は移ろいゆく外的状況に「悪」を見出だし定義し、大義を確立する。自身の私見を私欲から仕立てあげた上で悪を設定し、私刑(リンチ)を実践する凶暴な運動体だ。また悪の設定には経済的利益が関係する。アメリカは神という公義を自国の私義に転嫁し、正当化する。

運動そのものが自己目的化しているという点でアメリカはもうひとつの左翼実験人工国家郡(社会主義)と相似形を為している。そしてアメリカという「実験」に今日も翻弄され続けている。
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