くもすけ

ライトハウスのくもすけのネタバレレビュー・内容・結末

ライトハウス(2019年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

■スモールズ灯台の悲劇
モデルになった事件がある。1801年ウェールズのスモールズ灯台の規則が変わり、二人勤務が命じられた。二人はどちらもトーマスという名前で、犬猿の仲で知られていた。ある日不慮の事故で片割れが死んだとき、もう片方のトーマスは殺人容疑を問われることを恐れ遺体を隠す。そのうち風で棺が破壊され、はみ出た遺体の腕が風にたなびくと、まるで手を振っているように見える。結局トーマスは勤務を解かれるその日まで誰にも真実を知られずに灯台に灯りをともし続けた。
2011年BBCラジオドラマに、2016英国制作映画にもなった。

本作もこの事件をもとにしているが、出来上がったものはまるで別物になっている。以下wikiをたどった記事からメモ。

■シナリオ
「ウィッチ」制作の資金繰り難航中、弟マックスはポーの未完成の遺作を脚本にしようとして頓挫する。ポーの原作は日記形式で、天候の悪化で島に閉じ込められ気が狂っていく、というもの。つい2016年には映画化され、評を読むとコーマン製作の60年代怪奇映画風、と。

マックスは兄ロバートにシナリオの共作をもちかける。シナリオはポーから離れて、スモールズ灯台の悲劇を加え、様々な意匠が詰め込まれる。30年代フランス海洋映画、ドイツ表現主義(ちなみに次回監督作は「ノスフェラトゥ」)、白鯨、ギリシア神話、人魚、カモメ、露骨な性描写。日誌と幻視がポーの残滓か。

エンドクレジットにも出ていたが、セリフや世界観の霊源があかされている。メルヴィル、スティーブンソン、ラヴクラフト。それにベケット、ピンター、サム・シェパードらの男性主観で実存的な危機を描いた戯曲。新藤兼人の「鬼婆」。

■ニューイングランド
そしてニューイングランド育ちのエガース兄弟にとって、映画に欠かせないその風俗の霊源になったのがTheodora Sarah Orne Jewett。
wikiによれば彼女はAmerican literary regionalismの一派とされる。これは内戦後の再統一期に各地域に根ざした慣習、歴史、景観などを紹介した一群を指し、マーク・トウェインもその一人として数えられている。歴史的な評価としては、失われた文化をモチーフにして新しい読者の開拓に役だったとする反面、帝国的な搾取の対象にされたり、女性や有色人種の書いたものを「土俗」とくくる危険性がある、とも。

Jewettはメイン州南岸の農民や船員に聞き取りし、彼らの方言をふりがなつきで書きのこした(local color works)。これを元にした昔ながらのニューイングランドダウンイーストのアクセントを、デフォーの口から聞くことができる、と。
https://www.austinchronicle.com/daily/screens/2019-10-30/to-the-lighthouse-with-director-robert-eggers/

撮影は国境にほど近いカナダのNova Scotia。モノクロフィルムで撮っているが、弟のシナリオで指定されていたそうな。画角は左右に音声トラックが載せられるほど真四角い。カモメだけはデジタルで別撮りしたものを合成している。

画角を真似た30年代の映画にはなかったものといえば、コード期ゆえ直接描くのが難しかった性描写。泥炭まみれで画面から匂い立つような文字通り泥臭いものになっている。

■人魚と性
人魚のイメージはデューラーも参考にしたらしい。あの声が独特だった。ラストで灯りを前にしたとき絶叫が画面を覆うのは「キッスで殺せ」だろう。「箱」が奏でる轟音を、悲鳴、絶頂にもダブらせたのはおもしろい。

あの彫刻品はクジラの歯から作られているのだろうか。マッコウクジラのペニスのくだりともども「白鯨」からの拝借。

ロバートによれば古代の人魚の尻尾は二股に裂けているが、19世紀にはなくなっていた。人魚の繁殖を考えた末、サメの性器を参考に造形してみた、と。
https://www.vox.com/culture/2019/10/15/20914097/robert-eggers-lighthouse-interview-witch

老灯台守は灯台に触らせまいと鍵をかけ、「彼女」と夜を明かす。フロイト、ユングとからめてシンボリズム、ジェンダーに言及したインタビューもある。
二人の主従関係と即物的なエロについてはこんな記事も。
https://www.thedailybeast.com/the-lighthouse-robert-pattinson-gets-weird-in-the-most-bonkers-movie-sex-scene-of-the-year
灯台をペニスに見立ててパティンソンの屹立したそれとマッチカットしたものを構想するも、出資者の要請で取り除かれた、と。去勢されたわけか

二人の関係と眼からビームについてはサーシャシュナイダーという画家から拝借した、と。彼はゲイだったが同居人からアウティングすると脅されてドイツを追われている
https://www.polygon.com/2019/10/23/20914085/the-lighthouse-robert-eggers-interview-ending-spoilers-mermaid-lamp-robert-pattinson

■おまけ
EDに使われているのはA.L.ロイドのDoodle let me go。売春婦について歌ったものだそうな。

ロイドは1950s、1960sのブリティッシュ・フォークリヴァイヴァルで活躍したフォークシンガー。大恐慌期に無職だったロイドは大英博物館に通い詰めて独学で民謡について学んだ。マルキシズムに接近し、イングランドの歴史、民謡について書くかたわらロルカやカフカ「変身」の翻訳(最初の英訳?)もしてる。
1938年BBCに雇われ船乗りに取材したドキュメンタリーの製作に携わり、ジャーナリスト、歌手としてのキャリアを歩む。
56年ヒューストン監督「白鯨」では、ピークォド号が出港する際ロイドの歌う労働歌sea shantyを聞くことができる。

映画全体に主にウェイクの口から朗唱するような韻文がふんだんに使われているが、船乗りの逸話、伝承についで、最後に猥歌を持ってくるのがこの映画らしいともいえるか。