まりぃくりすてぃ

クレイジー・フォー・マウンテンのまりぃくりすてぃのレビュー・感想・評価

1.3
イライラさせる。劇場用映画の体を成してない。ドキュメンタリーでさえない“動画”。ミュージアムの片隅で大型テレビでだらだら映すのがお似合い。

最初はね、赤シャツの男の岩登りのその高さを見て、おしっこ漏らしそうになった。(大学時代にワンゲルサークルに入って、自分が高所恐怖症だとわかって三カ月で退会した、、、、という勇ましくカワイイ過去をもつ私としては。)
そそり立つ雪山(ショコラ色の地肌も見え)は、パテで生クリームやレアチーズを豪勢に塗り込んだ縦長のケーキみたいで、ペロペーロしたくてパクパクもしたくて私は本当に口をちょっと動かした。
でも、ワクワクはそこまで。
ほぼすべての画が、平均3秒程度(長い場合でも5~6秒)で次の画へと切り替わっちゃうので、じっくり味わえないんだもん。

空中(ドローン含む)主体の楽ちんな撮影には、あの傑作『MERU』のような“一緒に命懸けで登山しながら真横の仲間を撮ってる”超常感が不足。
特定の人物というものをつくらないから人間ドラマ的な構成も全然なくて、すなわち『MERU』やイモトや立木早絵さんみたいなエモもヤマもオチも(ましてやユーモアも)なくて、その代わりとしてナレーター(ナッキンコールみたいな倍音感あるバスヴォイスの、ウィレム・デフォー氏)がポツリポツリと短文を語るんだが、言葉があまりにも浅く不必要で無内容すぎ。交響楽がかなりウルサイ一方で。。
「山上では死と隣り合わせだ」
「眺めは、言葉にできないほど美しい」
「エベレストでは、毎年たくさんの人々が山頂をめざす」
「山は、何気ない自然界の営みを感動的に描き出す」
「高揚を感じるが次第に絶望感に変わる。しかし、そこで味わった壮絶な記憶は財産になる」
────なぜそんな子供じみたことしか言わないの?!?!?!? 画だけで伝わってるでしょうに。まるで小学5年生ぐらいを対象にした写真絵本だ。制作者たちは、ヘッセの『ペーター・カーメンチント』の序文の山塊描写でもよく読んで(映画以前にまず文学から)勉強し直すべき。
ナレーションには、意識の問題もあるよ。さかんに山と「人」との関係性に言及してるんだけど、「人」って誰よ? 「人々は山を畏れていた。山には近づかなかった」とナレーションしながら映すのはネパール人の生活者たち、「人々はもはや山を畏れなくなった」とナレーションする時には白人登山家たちの姿。曖昧模糊な上に極度に恣意的。欧米人が20世紀の全期間を通してヒマラヤでシェルパたちをいかに人間扱いせず扱き使ってきたかは世界中みんな知ってるんだからねッ!

スキーで集団滑空するウジャウジャな人影を、羽蟻や小蠅の群れ(身も蓋もなくいえば、虫けらたち)みたいに遠望で映し出したのは、少し面白かった。あと、超高所の綱渡りと、高スピードの自転車で縦走して飛び下りたりするところは行為としては凄すぎ。。。。でも、でも、やっぱり画面がせわしない(切り替え遅めのシーンであってもパン多量だったりして、全然じっくりイケない)。

よほど頭の悪い人たちが作ったんだろうね。。。。。。
でも、最悪ナレーションのうちのただ一カ所、「山は我々の愛も死も望んでいない。何も求めない。(中略)しかし奢りを戒め、再び感動させる」だけはちょっぴりよかったかな。