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鞍馬天狗 横浜に現る/鞍馬天狗 黄金地獄のkuronoriのレビュー・感想・評価

3.9
アラカンの鞍馬天狗です。
名匠イドウダイスキ、いや、伊藤大輔監督。「時代劇の父」が撮った鞍馬天狗です。
そして伝説の、300メートル全力疾走しながら斬りまくるワンカット大移動撮影があった映画であります。(残念ながらこの部分は遺失してます)
アラカンの天狗で、大映で撮られた唯一の作品となります。
戦時中の公開です。美空ひばりが杉作を演った松竹の三部作より10年ほど前の作品です。
また、最近「ルパン三世 カリオストロの城」の元ネタだ、との噂をチラホラ聞きます。

「鞍馬天狗横浜に現る」は、フィルムのかなりの部分が散失状態だったのですが、あちらからこのカット、こちらからそのカットと集めて、ツギハギながらその時点で再現できるかぎりの状態に仕上げてリバイバル公開したのだとか。その時のタイトルが「鞍馬天狗 黄金地獄」なのだとききました。
最初の劇場公開時は、ただの「鞍馬天狗」だったという説もあります。
舞台設定は、鞍馬天狗ものとしては異質の明治四年の横浜。

以上の情報を事前に知った上での鑑賞です。長年話にしか聞いてなかった本作をやっと観ることができました。

面白いです!
松竹三部作よりも、活劇としての面白さがタップリ。
松竹の方は、「正統派」鞍馬天狗物語です。勤皇と佐幕の物語で、幕末の京都で新選組が威を振るう中、天狗は勤皇の志士として新しい世の為に戦います。
本作は、「セルフパロディ」に近い感じ。全く別の冒険譚に鞍馬天狗が投げ込まれたような…そうこれはoo7ですね(笑)。明治の世になって、新政府の為に潜入捜査を行う鞍馬天狗です。

まず明治四年の横浜の風情が奇妙です。月代剃りあげた丁髷にスーツ姿の人が居るかとおもえば、ざん斬り頭で大小差してる人がいる。
越後獅子の兄妹がいくら軽業をみせても、象や楽隊従えた西洋曲馬団のパレードにはかないません。
一方で質の悪い小判が出回り、役所は頭を悩ませています。
やっと出てきた倉田典膳は、無精髭によれよれの袴姿で曲馬団の用心棒をしております。コウモリ傘を繕ったり、女性曲芸師の買い物のお供をさせられて、仲間の用心棒連中からはボンクラ呼ばわりです。なんかちょっと情けなくて人間臭い倉田典膳…。

ありゃ、この感覚には覚えがあるぞ!
人を斬ることしか頭に無い無頼の「剣鬼」左膳が、何故か矢場の用心棒として登場。しかも、本編では踏みつけにしても慕ってくる悪女お藤に、逆に尻に敷かれてしまっている…。
そうです。現存する山中貞雄監督作品三本の内のひとつ「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」の、ちょっと情け無くて人間臭い丹下左膳の姿とそっくり(笑)。

もしかしたら本編の天狗の姿は伊藤監督の「仕返し」なのではないでしょうか?

現在、一番有名な丹下左膳映画といえば山中貞雄の「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」ということになってしまっていますが、実はこの左膳はパロディなのです。本編の左膳が忘れられてしまっている現状では、この作品のパロディ的な笑いの部分は観客には気付かれずにスルーされてしまっています。(その部分に気づかなくても『傑作』なのがこの作品の凄いところですが。)

では本来の姿の丹下左膳の決定版は?と、いえば…。
伊藤大輔監督が1928年にサイレントで撮った「新版大岡政談」です。現在では断片しか残っていませんが、映画史に語り継がれる傑作です。今の丹下左膳のビジュアルを形作った一本でもあります。
大小揃いの太刀、乾雲丸と坤竜丸。二つを引き離すと互いを求めて血で血を洗う争いを巻き起こすといわれる呪いの刀。その争奪戦と暗い結末を描いた、伊藤監督の代表作です。

山中貞雄が大河内傳次郎で撮ってみせたパロディ左膳の仕返しに、
伊藤大輔が嵐寛寿郎でパロディ天狗を撮ってみせる。
山中貞雄と嵐寛寿郎の関係を知ると、なぜパロディ天狗を撮るのが山中に対する仕返しになるのか納得できると思います。
多少なりとも伊藤監督にはその気があって、天国の山中に向かって、心中ほくそ笑んでいたはずだと、私は思います。
山中貞雄は徴兵されて、本作の4年前に出征先で戦病死しました。

さて、問題の300メートル大移動全力疾走ワンカットの大立ち回りですが、…ありません。
前半の終盤あたり、天狗に命じられて杉作が埠頭から海に飛び込んで逃げるシーンがあります。
おそらくここから、300メートル埠頭を一直線に駆け戻りつつ待ち受ける絡み手達を切り倒して行くのでしょう。
伊藤監督の証言で、それだけ走ったあとアラカンの着流しの裾が全くはだけて無かった…というはなしがあります。ここ以外のシーンでは常に袴を履いていて、着流しで斬り合いをするのはここだけなのです。
もし、前後編として二つに割るとしたら、前編のクライマックスになるあたりですね。
もちろん撮影前に
「センセイ、これちょっと無理やと思いますけどな。」(アラカンは京都の人で素は関西弁です。)
「ああ、そうですか。『あなたには無理』ですか。」
(カチーン)
というやり取りがあったそうです。最高だ(笑)。

本作は戦時中に撮られています。戦後GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)はチャンバラ映画を禁止し、既存の時代劇映画のチャンバラシーンをカットしました。
先に述べた「丹下左膳餘話 百萬兩の壺」も最後の大立ち回りがすっぽりカットされています(にも関わらず傑作なのがこの映画の凄いところですが(笑))。
本作も、300メートル大移動撮影部分が無いだけではありません。チャンバラシーンになると、画質が悪い暗い映像になります。想像ですが、チャンバラシーン以外の部分はマスターフィルムが残っているのでしょう。チャンバラシーンはGHQにカットされて無くなっていたのを、公開に使われてあちこちまわってきた傷だらけのフィルムの生き残りを見つけて、そこからとってきてつないでいるのだと思います。
まさにツギハギで、ちょっと間がとんでいるところ、音声が悪いところなどかなりあります。
しかし文句はありません。よくここまで復元してくれたという思いの方が強いです。
欲を言えば、例の大移動撮影部分ですが、観た記憶がある人がいるうちにCGでどんな構図でどう動いたのか概要だけでも復活して欲しい!…今ならできるよね。

P.S.
例の「カリオストロ…」の件ですが。
・地下の秘密工場で贋金を作ってます。
・時計塔の大時計で、タイムリミットを示すカットが複数回あります。
…あと何かあったかなぁ。
私は「たまたま似ている」説に一票(笑)。
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