騙し絵の牙
『桐島、部活やめるってよ』『パーマネント野ばら』『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』など、原作のある作品の映像化で傑作を生み続ける吉田大八監督の最新作。
加えて豪華俳優陣が揃い踏みで、公開をとても楽しみにしていた作品。
「この映画、めちゃくちゃおもしろいです!」
って終わった後にすぐ言いたくなる映画でした。
予告編から本編含めでお膳立てされていく仕掛けに綺麗に騙され続け、その騙されていることがちゃんと転換点になり、そこにしっかり意味をつけられているのが見事だった。
その中で本作にとって必要不可欠な人それぞれの思いや成長、変化にも触れていっていたのもよく、それすらも騙されていたのかとラストに気付かされるという展開も秀逸。
完全にどんでん返しだけに振り切ってるような作品ではなく、徐々に騙し絵を明らかにさせていき、そこに現代社会に置き換えられる批評的視点や変えなければ保(も)たない出版業界の厳しい現実などもしっかりと描かれる作品になっている。
決してよいものであれば売れるわけではなくなった時代に、おもしろいものを追っていく必要が出てきて、そうするには守るだけじゃなくリスクを冒してでも攻めなければならない。
でもそうなったときに、そもそもおもしろいって何なのか、よいって何なのか、売れるって何なのか。
そんなあらゆる前提についても考えさせられる。
それは特にネットを扱っていない事業についてはより考えないといけない命題となっていて、いかに大事にしたい根底にあるよさを残しつつ、そこにおもしろさを加えていけるかが大切だと示唆されているように感じた。
歴史があるということは、それだけそれがよいものである裏づけがあるのはもちろんだが、それら全てが時代に合うとは限らず、変えていかないと受け入れられなくなっていく現実もある。
古さと新しさは二項対立になることが多くて、本作でもトリニティ側(新しさ)と小説薫風側(古さ)でわけられて対立構造にしているように見せているが、実はどちらも必要であることに落とし込んでいくラストも素晴らしかった。
それぞれを良し悪しで完全にわけるのではなく、どんな要素も必要になることがあるというのを示唆する描き方や物語の進め方が、吉田大八監督らしくて、それが彼の作品に信頼を寄せられる点でもある。
理性的に現実を見せてくる部分もあれば、それだけではないこうあって欲しい感情的に理想を訴えてくる部分もあって、そのバランスが見応えにも繋がってる。
個人的に、本作におけるテーマとして感じた「おもしろさ」「よさ」「売れる」とは、以下ではないかという認識を持った。
おもしろさとは、誰かにとっての特別であり続けることで、日常の中で少し外れてでも、わざわざそれを受け取ろうと思ってもらえるかどうか。
よさとは、その時代を生きる中で求められる根底としての大事な部分(変わるものと変わらないものがある)で、それを考えさせられる、もしくは感じられるかどうか。
売れるとは、その誰かにとっての特別(おもしろさ)を、どれだけ多くの人に感じ取ってもらえるのか。
そこには何も新しさだけが全てなのではなくて、その根底にあるものの重要さにも触れられてるように感じて、それがあらゆる要素が含まれていたあのラストに繋がっていたんじゃないかと感じた。
本作を観て、年始に放送されていたNHKの「あたらしいテレビ」で野木亜紀子さんが「よいだけじゃなく、おもしろいもの(何回放送されたとしても耐えられるもの)を意識して作品を作っている」みたいなニュアンスのことを語られていたことを思い出した。
ちょうどその(よいとおもしろいの)バランスを追い求めていくためにはどうすればよいか、を描いているような作品でもあって、とにかくスルメのように色々と後から思い起こされることも多い。
出版業界では仕掛けを作ることはできるが、そこは中にいる個人だけでは何とかならない関係者との関わりを作ることから避けられない難しさにも触れられている。
速水が書かせることしかできないと言っていたのは印象に残っていて、会社を利用できても、決して全て思い通りにはできない苦しさも感じ取れた。
そして、この内容は出版業界だけてばなく、映像業界にも同じように転化できる内容となってるのではないかと、あくまでそれも意識して作られてる作品なんじゃないかと感じた。
P.S.
豪華俳優陣の出演時間のバランスも絶妙でよかった。
しかもみなさん絶妙にハマってる。
特に大泉洋さんのあらゆるコミュニケーションが巧みで表裏ありそうな人柄の再現性の高さと松岡茉優さんのバランスの効いた演技がよすぎた。
この2人じゃなかったらここまでの作品にはなっていなかったと思う。