静かな鳥

COLD WAR あの歌、2つの心の静かな鳥のレビュー・感想・評価

COLD WAR あの歌、2つの心(2018年製作の映画)
3.3
冷戦下、十数年にわたってつかず離れずを繰り返す一組の男女。暗転とともに、舞台を幾度となく転換しながら語られる二人の歴史。90分にも満たないこの小さな物語は、非常にパーソナルな手触りがありつつも、作品全体に行き届いた精緻な演出によって思わぬ広がりを感じさせる。とても濃密な作品。

「時代に翻弄され、引き離される男女」やら「悲恋」といった観る前の勝手なイメージとは、だいぶ印象が違う。ヨアンナ・クーリク演じるズーラの大胆さと魔性には、その当時の抑圧的なムードをものの見事に跳ね除ける"自由"さが宿っており、その歌声は儚げでありつつも何処までも力強い。ズーラは自由に歌い、自由に踊る。シンプルで落ち着きのある画面構成ゆえに彼女の突出した存在感は眩く際立つ。年月は過ぎ、場所は移ろい、互いを取り巻く状況が変わりゆく中でも、変奏を重ねる一つの楽曲が二人を分かち難く繋ぎ止める。

《心よ あなたは安らぐことを知らない》と歌われるように、二人の関係性は一見静謐でありながらもその底には絶えず激情が迸っていて、その様はまさに"Cold War"と呼ぶに相応しい。男と女のすれ違いが織りなす冷たい戦争。振り子時計の振り子は左右に揺れ続けとどまることを知らず、彼らの感情も不安定に揺れ動く。側から見ればほんの短い時間なのであろう二人の逢瀬は、彼らの心の裡で永遠にも似た長さに引き伸ばされる。果たして、振り子時計は時間を殺すのか。艶やかな情感を湛えたモノクロームの映像美。その純度の高さが良い(もう少し「渇き」の質感が欲しいと思わなくもないが)。

自由を持ち得ているはずなのに、周囲を見渡してもほんとうの居場所は見つけられない。こちら側には、見つけられない。廃墟と化した教会の壁画に描かれた瞳が眼差しを向けるなか、二人はささやかに誓いを交わす。向こう側へ行きましょう、景色がきれいよ、と彼らはスクリーンから捌ける。動きを失った風景。そこに、サァーッと草叢を撫でるみたいに風がそよぐ。葉擦れの音は囁き声のよう。この映画的瞬間の震えるような美しさに、私は思わず息を呑んだ。これ以上ない程、完璧な幕引き。
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