LalaーMukuーMerry

存在のない子供たちのLalaーMukuーMerryのレビュー・感想・評価

存在のない子供たち(2018年製作の映画)
4.7
「Girl/ガール」はかなり衝撃的ではあったが、これはもっと衝撃的だった。
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テーマは一般的な言葉で言うと、「親を含めた大人社会による児童虐待」(ポジティブに言いかえると「子供の人権」)。この問題の隣には貧困(格差の拡大)、教育の不足がある。(さらにその裏にはテロ・戦争による経済・社会基盤の崩壊があるのだろう)
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冒頭から裁判。原告は主人公の12歳の少年ゼイン、被告はその両親。罪状は「僕を産んだ罪」・・・
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そこからまるでドキュメンタリーを見るかのようなカメラワークで、これまでの彼の生活が描かれる。舞台はシリアのどこかの街、彼はレバノン人で、子沢山(7人)の貧しい家庭の子。彼には出生証明がない、だから学校にも行けない、仕事にもつけない、この世に存在しないのと同じようなもの。ストリートで子供たちは手作りのジュースのようなものを売って、生活の足しにしている。母親も父親もおそらく貧しくて教育も受けずに育ったのだろう、この生活から抜け出す術を知らず、この暮らしを仕方なく受け入れている。そして母親はいつも妊娠している。
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印象的だったのは、彼の一つ年下のかわいい妹サハルのエピソード。初潮でショートパンツが汚れているのを見つけたゼインは、こっそりと妹に対処の仕方を教えてあげる。「そのままにして大人の男に見つかると危険な目に会うから」。
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まだまだ幼いサハルを、親は結婚させることにした。ゼインは猛反対するが、親は彼のいうことに聞く耳を持たない(それが当たり前と思っている)。何も知らないサヘルは親のウソを素直に信じて夫となる知らない男にバイクで連れ去られていく。
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怒りか絶望か、ゼインは12歳にして一人で生きていこうと家出する。
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街でエチオピア人の若い出稼ぎ女性労働者ラヒルと出会う。彼女は赤ん坊を一人で育てながら、働いて母国の母親に仕送りをしていた。ゼインは彼女のベビーシッター役になるのだが、ある日を境に彼女は家に戻らなくなった。
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赤ん坊の母親を探しに街に出るゼイン。そこで外国人不法就労者の弱みにつけこんで偽造パスポートを売って金儲けしている男と出会う・・・
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凄いドキュメンタリーだなと感心したが、いやいやこれはドキュメンタリーの筈がない、そのように見せて観客をぐいぐい惹きこませるという、優れた作品なのだ(ナディーン・ラバキー監督凄い!)。穢れた社会の現実を描いて見せて(まるで観客はゼインとともにそれを実体験する感覚になり)、何を私たちは感じるか? この現実にどこから手をつけて社会を良くして行けばよいのか?
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遠い中東の出来事と思ってはいけない。日本でも外国人労働者「移民」(政府は決してその言葉を使わないが)の数が急増して、日本の人口の1%近くまでなっている。その中にはゼインと同じような、出生届もなく義務教育も受けてない、存在しないとされる境遇の子も増えているという。このままではいけない・・・
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日本国憲法の保障する権利が全ての国民には与えられるはずなのだが、「国民」という言葉から、彼らのことがすっぽりと抜け落ちていると感じる(「市民 citizen」という方がいいのかもしれない)。