たぼ

存在のない子供たちのたぼのレビュー・感想・評価

存在のない子供たち(2018年製作の映画)
4.5
「両親を訴えたい。僕を産んだ罪で」

「子供を作るな。育てられないなら、子供なんて生むな!」

「大人たちに聞いてほしい―
僕は地獄で生きている」

観る人の心に深く突き刺さる、余りにも重すぎる数々の台詞。

たぶん、多くの人は
より豊かに、より幸せに、より良い人生を、、こう思いながら毎日を過ごしているだろうとは思う。

しかし彼は、ゼインや、ゼインのような子供たちには、そんな「選択肢」すら無いのだ。
最低限の普通の暮らしがしたいー
そんな「ささやかな願い」さえ当たり前に叶えられない環境。
余りにも酷すぎる、ゼインたちに纏わり付く「抗うことのできぬ絶望」


よく考えて欲しい。
この映画を観たり、今、こうやってスマホでフィルマークスのレビューを読んだり、書いたりする事すら、彼らにはできない。
つまり、このレビューを読んでいる人たちはそれだけ「恵まれている」のだ。

あの映画はフィクション(厳密に言えばノンフィクション風に仕立て上げたフィクション映画)ではあるが、この世界の何処かにはゼインのような生活を送っている子供たちもいる、ということだ。

もっとも、あの映画はゼインの両親の価値観や考え方が酷すぎたが、ゼインの両親のようになってしまう事も、このレビューを見ている人たちがなってしまう事は完全に無いとは言い切れないのもまた真実である。
幼児虐待、親の不倫や離婚による家庭内崩壊、病死、事故死、、
その時、「残された子供たちは一体どうなるのか」
心に深い傷を負ったり、、少なくともまともな感覚では居られなくなるだろう。
そのような後々の事も想定し、覚悟の上で産むのか。
はっきり言ってそれは「子供のため」ではない。
時代背景もあるだろうし、一概には言えないが、江戸時代など一昔前は人手を補う、労働力のために、家系存続のために、であったが、色々便利になり豊かになった今の時代「子供を産む」ということは、ほぼ「親のエゴ」によるものだろうと思う。
それだけ子供を産むということは己が生命を捧げるほどの大いなる覚悟と、非常に重い責任が伴うものなのだ。

いろんな感情が入り混じり、なかなかコンパクトには言えないが、あの映画は単なるヒューマンドラマではなく人間である以上、すべての人間が観るべき内容を持ち合わせており、「人間であるべき」指標とは何かを考えさせられる映画だと思う。

いったい「何が普通なのか」
まずはそこから改めて考え始めてみるといい。

そして、世界の何処かには彼らのような子供たちが今も居る、ということを決して忘れてはならない。

ほんの小さなことでも「恵まれている」ということを、我々は忘れてはならない。
そして決して日々の生活を当たり前だと思わずに、「感謝の気持ち」を常々持って生きるべきである。

近年稀に見る素晴らしい映画だった。
映画館で観て良かったと思う。


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