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存在のない子供たちのQTakaのレビュー・感想・評価

存在のない子供たち(2018年製作の映画)
4.3
映画冒頭。開口一番に、親を訴えるシーン。
その子どもの眼力の強さは、この映画の始まりにふさわしい。
子供から大人達への告発だ!
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中東を舞台にした映画。
ここ数年、数本の中東映画を見てきたが、その社会の特殊性にはいつも驚きを禁じ得ない。
戦禍に怯える日常だったり、波のように押し寄せる難民の姿だったり、故郷を追われる民族であったり。
いずれも、簡単に受け入れられる状況では無い。
そして、この映画もそんな一本だ。
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是枝監督の『だれも知らない』『万引き家族』を彷彿とさせる映画だった。
映画を通じて、忘れ去られた、あるいは見て見ぬふりをしてきた事実・現実を提示する、告発型メッセージ映画。
ただし、この映画の場合、その告発を映画の中で直接行っている。それも、冒頭で。
それは、主人公の少年の口から、大人に向けて。
大人なたちを、そしてこの社会を、世界に向けて告発する。
必要な事、見過ごしてはいけない事は、こうして子供の目を通して、その姿、言葉で訴えられる。
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この映画のリアリティーは、配役そのものにあったようだ。
映画を見る前には知らなかったのだが、ほとんどの出演者は、素人だった。
それも、この映画のそれぞれの役柄に似た境遇の素人を集めたというのだ。
このバラックの難民街に住む住民達と同様の、あるいは背中合わせの境遇の人々だ。
なるほど、そう思えば、まるでドキュメンタリーのようなこの映画の雰囲気の一端を理解できる。
それは、演技以上の、あるいは演技以前の物が滲み出てくる、それを感じていたのだろうという事だ。
キャスティングの時点で、この映画の多くは出来上がっていたのかもしれない。
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主人公(ゼイン君)は、終始動き回っている。
それは、彼の有り余るエネルギーであり、見渡す限り絶望しかない周囲への反発であり、未来へ向かうエネルギーの現れでもあるのだろう。
彼の姿と彼を取り巻く環境のギャップは、本当に絶望的だ。
その社会を示す大人たちの日常が、これまた壮絶だ。
生きるために、身近な人のためにと思っての生活なのだと言うが、そもそもその生活に対して、本気で向き合っているのかと言うと…
ゼインの家庭は、子沢山の貧乏家族。
増える子供を養うことすら満足にできず。
子供を学校へ送り出すことなど、すでに考えてすらいない。
「子供のために」と言う親では無い。
ゼインは、妹の事件をきっかけに家を出る。
彼が行動し始めた。
いくつかの出会いの中で、自分の置かれている場所がわかってくる。
そして、自分の未来がどこにあるのかを知るようになる。それが希望だ。
行動し始めた彼は、いくつかの出会いと試練を経験する。
あるいは、小さな弟を得る。新しい家族だ。
それらの出会いも、また彼を強くする。
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ここで忘れてはいけないことがある。
キャスティングだ。
全て、その境遇にいる素人さん達なのだと言う事だ。
いや、彼らは”素人”なんかじゃ無い。
むしろ、そのスラムにおいては、プロ中のプロなのだと確信できる。
まるで、ドキュメンタリーのように、生き生きとした姿がスクリーンいっぱいに写っていた。
それは、美しい街並みでも、美男美女達の競演でも無いかもしれないが、人が生きているその場所であることは間違いなかった。
そして、その中から這い上がろうとする少年の姿がそこにあった。
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映画を見ながら、どんどんそのシーンに引き込まれて行く。
そこにあるのは、ある意味で、彼らの日常でしかない。
でも、それらは私にとっては、全くの非日常で、簡単に馴染めるものでは無いのだけれど、気がつくとその街並みに引き込まれ、そのバラックに心地よくいられる気がしていた。
何故、この私にとっての異世界が、こうも身近に感じられ、この映画に引き込まれてしまうのか。
それが、この映画の力なのだと思う。
キャスティングの妙が、この世界をスクリーンに力強く表現してくれたのだろう。
主人公ゼインが、その日常を、子供として表してくれたのだろう。
そして、監督は、その子供に、この社会を表現し、告発するストーリーを託したのだろう。
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『子どもの権利条約』
ナディーン・ラバキ監督のインタービューの中で、製作過程について語られている。
この映画のテーマについて検討して行く過程で浮かんだテーマの中に、『子どもの権利条約』が有った。
戦後、国際連合のもとで1989年に採択された条約だ。
世界中の国々が、「戦争の世紀」と呼ばれる20世期の反省のもとに、新たなる世紀を平和で豊かな時代とすることを望み、世界が共通して目指すものとして採択した条約だ。
しかしながら、その条約の採択後も、世界から戦乱の火が消えることはなく、その暴力に晒され、被害を受けるのは子供達だった。
この映画に登場した子ども達もまた、その一人ひとりだ。
今一度、この条約について世界は目を向ける必要がある。
戦乱の中、その混乱の中で、犠牲になる子供達。
ナディーン監督のこの映画に対する視点の重さと、その表現力、そしてそこで表現しようとすることの大きさに感服する思いだ。
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映画には、様々な表現手法があるのだと思う。
優れた脚本、上手な演技、名演奏の音楽、カメラワーク。
この映画の優れた点は、どこにあるのだろうか?
それは、監督の視点に始まるコンセプトだと思う。
そして、全てを出演者に託す勇気なのかな。
スクリーンを前にして、そこに映し出される映像を前にして、どう向き合うかと言う時に。
居心地よくいられることが鑑賞する者の幸せだと思う。
この映画を、とても居心地よく鑑賞できたことに感謝しかない。
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