GreenT

Anything(原題)のGreenTのレビュー・感想・評価

Anything(原題)(2017年製作の映画)
3.5
人生なんて辛いことばかりだなあと、悲しくなったときに観てもらいたい映画です。

アーリーは55歳にして、26年間連れ添った妻を交通事故で突然失う。手首を切って自殺をはかるが生き残り、疎遠だった妹の家族と一緒に住むことになる。

ずっとミシシッピーの小さな街で暮らしてきた生粋の「南部人」であるアーリーは、LA で映画関係の仕事をしている妹のライフスタイルに馴染めない。しかも妹は、アーリーがいつまた自殺するか気が気ではないので、口うるさく、それも息が詰まる。ハリウッドに観光に行き、アパートの空室を見つけたアーリーは、そこへ引っ越すと言う。

LAのパームツリーやにぎやかなダウンタウンLAが、アーリーのような立場の人の目から描かれるとなんだか悲しげで、だけどとても人間味を感じるところでもう「この映画良さそう!」って思いました。

アーリーはアパートで一人暮らしを始めるんですけど、そこはハリウッドの結構危険な地域なので、住人は、ヤクやってるミュージシャンとか、妻を失くしたばかりの郵便局員で、音痴な悲しい歌をずーっと歌っている人とか、なんというか「生きるってなんて過酷なの。でもこれ以上良くもなるなんて思えない」とシニカルになった人ばっかり。

アーリーの隣に住むのは、トランスジェンダーのフリーダなんですけど、彼女は田舎者で年寄りのアーリーの率直なところが気に入ったのか、だんだん仲良くなる。

2人とも自殺未遂をしたことがあり、鎮痛剤の中毒になっているんだけど、アーリーは「俺も止めるから、君も止めてくれ」と、フリーダを薬から救う。

アーリーが、亡くなった奥さんからもらった手紙をフリーダに読んで聞かせる時のフリーダが涙ぐむところとか、2人とも慈悲の心に溢れた人間同士で、南部のガチガチの田舎者と、LAで体を売っているトランスジェンダーなのに心が触れ合っているんだなあと感じさせられる。

こういう設定にしたのはまさに、トランスジェンダーと一番対局にいる南部の白人男性が、わかり合うことができるんだよ、と言いたいのでしょうが、そういうポリティカルな設定を飛び越して、純粋なラブ・ロマンスだと思いました。

アーリーを演じるのがジョン・キャロル・リンチで、名脇役ですが、私が一番印象に残っているのは『ファーゴ』の旦那さん役なんですけど、あの人がそのまま妻を失くしたような感じです。

フリーダを演じるのはマット・ボマーという人で、私は良く知らない人なのですが、とてもうまかったです。同性愛者らしいのですが、トランスジェンダーではないので、トランスジェンダーのアドバイザーがついたらしく、それでなのか、すっごい納得行く感じでした。

アーリーとフリーダの間にはケミストリーがあり、「男同士で気持ち悪い」みたいな感じは全くなく、アーリーは55歳なんだけど、「いい年して」みたいにも思わない、この設定で純愛を描くってすごいなあって思いました。

妹の家族も良くって、妹はトランスジェンダーと付き合うなんて、って批判的で、それが本当に腹が立つ設定になってるんだけど、16歳の息子と、車椅子のお父さんは、アーリーに対してもフリーダに対しても公平な人たちで、それもちょっぴり希望を感じる。

また、ささくれた人生を送るアパートの住人たちも、アーリーの中に自分たちが忘れていたカッコ良くはなくても純粋に “good” であることに心を開いていく感じで、ここでもちょっと希望を感じる。

アーリーは、フリーダといるために自分を定義し直す。セリフでは語られないけど、自分はゲイなのか?と自問自答しているみたい。自分をゲイだなんて思ったことないだろうし、それを悪いことだと教えられてきたのだろう。16歳の甥っ子は「だって好きなんだからいいじゃないか」と言うんだけど、この映画を観ると本当にそういう枠組みって邪魔だなあ、人々が愛し合うこと、わかり合うことはポリティクスじゃないんだ、と思わされる。

最後、フリーダは「約束して欲しいことがあるの」と言うとアーリーは「Anything(どんなことでも)」と答えるんだけど、フリーダは何をお願いしたのかなあ。
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