とむ

こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話のとむのレビュー・感想・評価

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「僕にとって大切な映画」
今年度ナンバーワン。

以下、作品とは何の関係もない自分語りが続きます。
ご注意ください。







今から2年と少し前、僕が大学4回生だった頃。
映像系の芸術大学に通っていた僕は、卒業制作でファンタジー超大作を作ってやろうと意気込んでいた。
というのも、3回生の頃嫌々ながら公開したこじんまりしたファンタジー課題が、
教授や同期からそれなりに良い評価を貰えて、
今度はもっとちゃんとしたやつ撮ってやるぞ!と思ったからだった。

4回生に上がってすぐに企画や脚本、
ロケ場所探しで一人駆けずり回り、
企画書やプレゼン資料をまとめ、アニメーション専攻の友人に設定資料を描いてもらい、中間発表までは間違いなく「とんでもない傑作が出来上がるぞ!」と確信していた。


しかし、そこで様々な問題が発生。
ロケ場所に予定していた廃工場は灰色の幕で覆われ「立入禁止」の看板が掲げられ、
協力して欲しかった友達は一足早く大学を出て会社で働くことになり、
ゼミの教授には「この話何がいいたいのかわからん つまらん」と突っぱねられ、
練り直しや妥協を強いられた結果、それは僕が撮りたかった脚本とはかけ離れたよくわからない内容になってしまっていました。
その後、焦燥感と苛立ちに苛まれ、最終的には軽い鬱状態にまで追い込まれてしまった。

電気も消した暗い部屋で、やけくそみたいに服を着たままシャワーを浴びながら
「あれ、俺って実は大したことない人間だったのか」
なんて考えていた。


見るに見かねた当時付き合っていた彼女に、
僕が車を運転できることを理由に、
彼女が所属するゼミの合宿に半ば無理やり連れ出された。

食料の買い出しで、
彼女の所属するゼミの教授と二人きりになった時、視界にすら入れたくなくなっていた脚本をその教授に読んでもらい、
僕はポツリと一言
「先生、俺これ撮りたくないっす」
と呟いた。

するとその教授は、
「だったら撮らなきゃいい」
とだけ返してくれた。

「あ、撮らなくてもいいんだ」
そんな当たり前のことにようやくたどり着いた僕は一気に気が楽になり、
印刷した脚本をシュレッダーにかけ、
ワードの脚本データを全て消去した。

もう後戻りはできない。


前述した教授は自分が受講していた専攻とは別の分野担当だったため、
自分のゼミとは別の実写作品の研究室の教授のもとへと赴き、企画書を持って行った。
事の経緯を全て話し、どうすれば良いかを問うた僕に、彼はこう言った。


「とみたいの撮りたいもん撮ったらええんちゃう」


これまたやっぱり、どうしようもなくその通りだった。


そこから僕は、最終提出ギリギリ2ヶ月前から脚本を練り直し、
自分が好きだった映画はどんなだったか、
自分が撮りたいものはなんだったか、
自分がどんなものが得意だったか、
頭の中の引き出しを全てひっくり返し、
寝る間を惜しんで卒業制作を作り直した。
それこそ、死に物狂いで。

脚本を書き直す度、
香盤を練り直す度、
役者にオファーする度に相談をしに来た僕に対して、やっぱりその教授は、
「本当に撮りたいもんを撮ったらええ」
と関西弁で言ってくれた。


12月の下旬。
出来上がったのは、コメディタッチのヒューマンドラマ。
卒業を目前にして「自分には何もない」と嘆き苦しむ学生の話だ。
僕の話だった。
中間発表で提出した企画書からは大きくかけ離れていた。


最終講評で僕の作品が上映された後、
関西弁の教授はニヤリと笑ってこう言ってくれた。


「脚本よりだいぶおもろくなってる
撮りたいもんとれて、よかったね」


身体の奥の底から湧き立つ、それまで感じた事のない程の安堵感と達成感があったことを、僕は今でも忘れない。


その映画は、学内で特別大きな賞を取ることはなかったけれど、
でもその後、東京学生映画祭というコンペティションの最終選考まで残り、
やっぱりそこでも何か大切なものを学んだ気がしたんだけど、それはまた別の話。


とまあ、長々と語ってしまいましたが、
その関西弁の教授っていうのが、
この作品の監督である前田哲さんなんですけど。

喜ばしいことに、
この作品について、かなり多くの方が好意的評価をしてくださっています。

なので、僕がこの作品について触れたいことはたった一つで、
鹿野が田中くんに、
「お前はいつも遠慮してる。
お前が本当にやりたいことは何だ?」
と問うシーンがあるんですよね。

このシーンで僕は、前述した前田哲監督の
「とみたいの好きなものを撮ったらええんちゃう?」
って言葉を思い出しちゃったんですよね。

だから、この映画は僕にとってナンバーワンです。



ありがとう、教授。
落ち込んでどうしようもなくなってる僕を、優しい関西弁で蹴っ飛ばしてくれて。
お陰で今も、僕は映像を好きでいられてます。
とむ

とむ