ヨーク

アイカのヨークのレビュー・感想・評価

アイカ(2018年製作の映画)
3.8
他ならぬ自分自身がこの映画観たい! と思って観たわけなので誰かに頼まれて観たとかそういうことはまったくないのだが、観ながら「なんでこんな辛い映画をわざわざ観なきゃいけないんだろう…」と思ってしまったよ。いやまぁ俺が観たかったからなんだけどさ、わっはっは。
まぁ事前にあらすじに目を通してはいたので愉快な映画ではないだろうということは重々承知していたが、もう全編重い! そしてお辛い! いやもうマジでちょっとくらいなんか、ささやかなことでいいから良いこと起これよ…起こってくださいお願いします…と思いながら観ていたけど無かったな、いいこと。全然良いこと起こらない映画です。誰かがキットカットを半分くれるとかそのレベルでいいのでささやかな幸せでも起こってくれよと思っていたのだがそういうのも全くない。現実は非情である。いや現実じゃなくて映画だけど、これ。
そう思わないとやってられないとこはあるよ、実際。映画だから過剰に不幸を演出することもできるわけで、神たる監督がそうと決めれば逆に非現実的だろって思うくらいの仕打ちを主人公に与えることもできるわけだよ、映画ってのは。ご都合主義の反対だよな。まぁそういう風に「これは映画だから…作り話だから…」と心をガードしなければキツイ映画だったというわけだ。
何がそんなにキツイのかあらすじ。映画は主人公のアイカが出産したのはいいものの産まれたばかりの我が子を置いて病院から逃げ出すところから始まる。彼女は25歳くらいでキルギスからロシアに出稼ぎに来ている女性なんだが、縫製工場的なものを立ち上げて一山当てたるぜと思って借金をして事業費を工面したのだが悪い奴にそのお金をだまし取られてしまった過去を持つ。そういう状況で妊娠・出産してしまったものだから先立つものが何もないので逃げ出しちゃうわけです。そんで何とか借金を返済するために仕事に就こうとするのだが彼女の就労ビザは切れていてロクな仕事がなく、働かされるだけ働かされて賃金なしで雇い主に逃げられるなんてザマになる。そうこうしてる内に借金取りがやって来てどうなる? ってお話です。
主役がロザムンド・パイクなら! ロザムンド・パイクならこの状況からでも大胆な秘策で状況を引っ繰り返してくれそうなのにな! と先日観た『パーフェクト・ケア』のことを思い出してしまったが本作ではそんなことは起こらない。むしろ「そんなこと現実で起こるわけねーだろバカ」くらいのガチトーンで説教されてる気にさえなる。
とにかく本作はリアリズム系の映像で主人公の肩越しくらいの一人称に近くカメラでただ淡々と不法労働者の絶望ライフを映していくわけだ。題材といい手法といい今年観た傑作の一本である『海辺の彼女たち』を思い出したね。しかし本作は『海辺の彼女たち』と比べてもより余裕がないというか、もう限界ギリギリ感が凄い。『海辺』の方は何だかんだで三人の女性たちがお互いに励まし合いながら生きてる感じがあったのに対して本作はほとんどがアイカさんのソロプレイだったからというのもあるだろうか。もうその辺の絶望感とギリギリ感が凄いんすよ。たとえばやっとありついた仕事がモスクワ市内の除雪作業(道具はスコップのみの超肉体労働)で事前に「きついけど大丈夫? ちゃんとできる?」と聞かれるのだが明日にも借金取りが押しかけてくるかもしれないアイカさんには断る選択肢などなく「大丈夫です」と引き受ける。だけどほんの数日前に出産したばかりで住まいも不法就労者のタコ部屋みたいなとこで金もないからロクに食事もしていない体調最悪なアイカさんは仕事中に身体が動かなくなり棒立ち。現場監督(確か女性)から「できねぇんなら帰れ!」と怒鳴られてしまう。もうね、生きるのにギリギリすぎて(自分にこの仕事できるだろうか…)という判断もつかないんすよ。とにかく全部「できます!」って言っちゃう。でも実際には全然できなくてなけなしの信頼さえ失ってしまう。
本作で執拗なまでに描かれるのは貧すれば鈍するという、その負の螺旋ですよね。その辺を詩情とかを廃したリアル寄りな映像と演出で見せていくからひたすら胃が痛くなるようなお辛い時間が続くんですよ。まぁ現在進行形的な状況としてロシアが行き詰っててその周辺諸国もそれに引っ張られ不景気の連鎖に苦しんでるってのもあるかもしれない。そういう現ロシアに対する風刺とかもあるのだろう、というかある映画だけど繰り返すが本作はモスクワ底辺地獄めぐりみたいな感じなのでそういう部分も面白さよりも辛さのほうが来るんですよね。
感想の最初に戻るが、なんでこんな辛いだけの映画を観なきゃいけないんだろう、という気にもなるというものだ。村上龍の『69』のレディ・ジェーンのセリフを思い出してしまう。だけど、だからこそあのラストシーンは何とも言えない気持ちになってしまう、というのもあるんだよな。いいとかグッときたとかそんなんじゃないよ。何とも言えねぇよ。でも言えないってことは、言語化できない何かしらのものを映像として取り出すことに成功したのだとも言えるのかもしれない。そういう意味では間違いなくラストカットは印象に残りましたよ。それが何なのかっていうと、やっぱ何とも言えねぇんだけど。
でも観て良かった映画なのは間違いない。それは間違いないですね。
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