むーしゅ

CURED キュアードのむーしゅのレビュー・感想・評価

CURED キュアード(2017年製作の映画)
3.4
 ウイルスの蔓延により人がゾンビ化していく事件から6年後、治療薬により回復し社会復帰することとなった75%と、引き続き隔離され続ける25%に分けられることになった世界を描いた作品。映画自体は2017年の作品ですが、偶然なのか日本はこんな時期に公開されることになったことが既に恐ろしいですね。


・ゾンビ映画なのに復帰した人がテーマ

 本作の原題は"the Cured"であり、治療薬によって回復した75%のことを指しています。彼らはその病こそ治癒しているもののゾンビであった時の記憶を有しており、それはつまり制御の効かない体で人を殺めてしまった記憶を鮮明に覚えているということです。この設定が斬新で主人公のトラウマの理由がとても共感できます。このところ、「祖父母や両親にうつしたくないから実家への帰省をやめている」というような話を聞くことがありますが、自分が感染したことにより最愛の家族を殺めてしまったとしたらどうなるのか、という怖い想像が頭をよぎり続けます。


・心ない社会により結束する"the Cured"

 そんなトラウマはその治癒された人々を受け入れる家族も同じで、受け入れたくても受け入れられない現実がそこには存在します。また周囲からの差別的な行動により、彼らは社会復帰とは程遠い望んでいない形での強制復帰をさせられています。そんな環境のなかで結局集まってしまう"the Cured"達は、孤児院育ちの子供達が個々に独立できず、かたまってしまうことがあることに近いのでしょうか。社会の冷たさに仕方のなさも感じてしまうところがまた辛いです。
 そしてゾンビというのは基本噛みついて感染するという特性上、その瞬間に人と人との繋がりが生まれており、誕生させてしまったと考えると親子あるいは親戚であると考えられなくもない訳です。自分を再び受け入れてはくれない人間の家族か、同じ境遇にいるゾンビの家族のどちらを選ぶのかと問われると難しいものがありますね。


・世界観を壊すコナーという存在

 そんな独特の世界観を育む作品ですが、そこに異色のコナーという人物が存在します。コナーは主人公セナンの所謂ゾンビ家族でありこの物語の悪役ですが、彼だけとても違和感があるんです。彼単体で見ればよくいるアクション映画の悪役なんですけど、社会ドラマっぽく仕上げている中で、彼の悪役的振る舞いが妙に浮いているんですね。演技の温度感含めても何か違う、ひとり普通のゾンビ映画に出演しているようなコナーによって段々物語を破壊されていき、ラスト3分の1はもはや普通のゾンビ映画。演技がダメって訳じゃないんですけど、とりあえず空気読めって感じですね。そのせいで前半は何だったのと思ってしまうほどどうでもいい映画に着地しています。確かに物語の着地方は難しい作品ですが、あまりにも普通すぎる展開に正直がっかりですね、こりゃ無いわ。
 ちなみにもはや悪口ですが、コナーが言ったカインとアベルの例も酷いもんですね。その例え方するならアベルへの嫉妬は必須でしょうがよ。


 ということでせっかくの世界観がひとりの男の存在で跡形もなく崩れる作品でしたが、ゾンビ映画の新しい軸としては面白い作品です。ウイルスに敏感になっている今だからこそ色々考えてしまう映画なのかもしれないですね。
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