静かな鳥

町田くんの世界の静かな鳥のレビュー・感想・評価

町田くんの世界(2019年製作の映画)
4.0
半年ぶりに町田くんに会いに行った。やっぱすごいよ町田くんは。汗を流しひたすら愚直に走り続ける彼の姿は、いつ見ても輝いている。

町田くん(細田佳央太)は誰に対しても優しく、誰に対しても一生懸命な人だ。知らず知らずのうちに皆が分かったフリをしてしまっていること。言葉にしたくても思うように出来ないこと。ちゃんと相手に伝えなければならないこと。町田くんはその一つ一つにとことん向き合う人だ。そんな町田くんが猪原さん(関水渚)と出会い、彼の中に"分からない感情"が芽生える。
「分からない」
劇中、町田くんも猪原さんもこの言葉を繰り返し発する。この世は分からないことだらけで、たとえ今目の前に人がいたとてその人の心の裡など到底分かるはずもなく、ましてや己のことさえ皆目分かっていない始末。そんな訳のわからぬこの世界をサバイブするまっさらな2人の物語。



新人2人の周りを年齢差の激しい実力派俳優で固めるというアンバランスなキャスティングが観る前は違和感でしかなかったが、蓋を開けてみれば2人の無垢で瑞々しい魅力が最大限引き立つ結果となっていて上手い。両人とも本当に愛らしくて堪らないのだ。細田佳央太は町田くんそのもの。関水渚も素晴らしくて、特筆すべきは町田くんに不満げなときの声色! とはいえ、高畑充希が町田くんの「後輩役」ってのは幾らなんでもちゃんちゃらおかしいし、岩田剛典も終盤にかけて物語上ただの"都合のいいキャラ"になってしまっていて納得いかない。歯が浮くような台詞としつこい片手の決めポーズのせいで、演技もクサく見えるし。
時折顔を出す偏執的なカット割、荒削りなカメラワーク、異様に青々とした夜の街並みの色彩設計、やや単純化された悪意の描き込み、保健室からスタートする追いかけっこでの垢抜けない劇伴使い。そういった諸々もあって、開始早々はなかなかに戸惑いとキツさが横行する。が、仲野太賀が登場したあたりから俄然良くなるし、前田敦子の存在も忘れちゃならない。役柄が見事にハマっていて、町田・猪原に対するアクセントとして終始絶品。あの独特な表情筋の抑制が凄くいい方向に作用している。自転車に跨って唐揚げ棒食ってるのも最高でしょ。
この物語世界の中で"リアル"を一身に背負う池松壮亮(彼は町田くんと同じく眼鏡をかけた人物である)も、後半のはしゃぎっぷりが可愛い。北村有起哉は「海外で生物の研究に打ち込んでいる父親役」なのが同時期公開の『長いお別れ』とモロ被りだったけれど、さりとて本作ではしみじみ良い。



恋はいつだって人をおかしくさせるものだし、そう考えりゃこの映画が抱える歪さにも容易に説明がつく。この正気じゃない現実世界とフィクションをぶつけ合わせ、そこに正気ではいられない恋なるものが混ざった暁には歪な作品になるのも当然だ。寧ろそれで真っ当といえる。

人が人を好きになる──恋をするということ。ひいては、人と人とが互いに向き合うということ。その道程には、恐ろしいほど厄介で面倒臭いことばかりが待ち受けている。人と関係を築くのには多くの労力と体力を消費する。丁寧にやればやるほどしんどい。何せ「分からない」から。故に私たちはいつの間にかその行路を端折り蔑ろにする。前田敦子が「どいつもこいつも分かったようなツラして恋愛しやがって」みたいなことを言うが、これは正に仰る通りで、だからこそ本作の町田くんと猪原さんの姿が私には眩く見えた。2人は目を背けない。自らの「分からない」と向き合い、悩み、懸命に踠く。「分からなさ」に身体をジタバタさせて落ち着かない2人はどこまでも美しい。特に「バス停近くであまりにしっちゃかめっちゃかな会話をする町田くんと池松壮亮 → 引きのショットで撮られた川べりでの猪原さんと町田くんのグタグタ追いかけっこ」という一連の流れにその美しさが凝縮されている。本当に大好きで何度も見てしまうシークエンスだ。というか、川べりに2人でいる場面は大体好き。ギアの調子がてんでおかしくなった物語は、(文字通り)現実からの飛翔を遂げる型破りなクライマックスへと雪崩れ込む。そして、彼にとっては人生2度目の"落下"を経て「新しい町田くん」がまた生まれるのだ。



日々私たちは何かを少しずつ諦め、その隙間を覆い隠すように虚飾を見に纏い、それでも不安で不安で堪らなくて勝手に疲れ果てる。どんどん心は擦れていく。(唐突にドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』の言葉を借りますが)私たちのまわりには"たくさんの呪い"があって、その一つ一つが私たちを縛りつけ次第に身動きできなくさせる。でも町田くんは違う。彼は"呪い"になど囚われていない。私たち人間に纏わり付く"呪い"を全て綺麗に取っ払った時、そこに現るのは町田くんなのではないか。町田くんに一点の曇りなき純粋さと自由さが感じられるのは、彼の姿こそ「人間そのもの」だからなのではないか。



この世界はどうしようもない、と思う時が度々ある。そう考えだすと止まらなくなる。もうやってらんないと頭を抱える。どうかしてるとしか思えないようなことが世間では日常的に起こっていて、それはスマホやテレビといった"画面"の中だけの話じゃなくて。でも、ふとした瞬間に人のやさしさに触れることもある。いや、今まで幾度もあったのだ。その数々をどうして忘れられようか。そのやさしさが、淋しい夜を、ひどい朝を、陰から癒し支えてくれているのだと思う。

町田くんが教えてくれたこと。想像すること。くまのプーさん化した町田くんの起こした"奇跡"はファンタジーそのものだけれど、そこに小さくも力強いリアルが照射されている。フィクションだからこそ出来ること。この映画から受け取ったものを手放してはならない。自分に出来ること。信じてみること。分からなくても、視界がぼやけていても、ゆっくりでいい。少しずつでいい。そうやって次の人へと繋いでいきたい。
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