露木薫

英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン 2018/2019「ドン・キホーテ」の露木薫のレビュー・感想・評価

3.5
ロイヤルバレエのプリンシパル高田茜さんの精確で上品な踊りが好きなので、初めてロイヤル・オペラ・ハウス シネマを観に行ってみました。

『ドン・キホーテ』という演目を初めて観たのですが、今まで悲劇のバレエを主に観て来たので、カラリとした登場人物たちの生き様に、このようなバレエ作品もあるのだなと新たな発見をした気分です。
とても楽しく豪華絢爛な舞台でした。
関係者たちが口々に"Donq"と呼ぶそのくちぶりや様子から、この演目が愛されていることや踊る喜びなどが感じられました。ケヴィン・オヘア氏が芸術監督のポストに応募した時、採用面接において本作の再上演を希望している旨を話したということで、彼にとってもアコスタを中心に新たなアレンジを施して行く過程は肝煎りの企画だったのでしょう。その分、撮影日の主役に任命された高田さんの肩にかかる期待は高かったのだろうと想像しました。お姫様役で魅力を発揮してきた彼女がスペインの人気者の町娘を自分なりの解釈かつロイヤルのプリンシパルとしてどう演じたのか、全幕を観ることができて、とてもありがたい上映でした。

このレビューでは、舞台そのものへの感想の前に、上映の為に編集された一巻の映像作品としてどう感じたかということを、まず記しておきたいと思います。

開演前、幕間、終演後にMCがお話するのですが、このお二人の話し方の威勢というか気っ風が良過ぎるのと、ちょっと説明し過ぎなきらいもあり、私はもっと舞台そのものに集中したかったなぁ、と思いました。
インタビューは良いとしても、他の作品の宣伝をしたり、販売中の映像商品のCMが流れたりすることによって、バラエティー番組のような少しとっちらかった印象を受けました。解説もありがたいのですが、幕のみどころを先に伝えてしまうと意外性が薄れてしまうので、幕後にその幕の解説を入れてくれた方が個人的には好みです。舞台だけを観たら、もっと純粋に楽しめたんじゃないのかな...と、少し批判的になってしまい申し訳ないのですが、あくまで観客の1人としてはそう思いました。

しかし、技術や演技や舞台美術、音楽はいずれも素晴らしく、伝統を守りながらも独創的で、各界のトップレベルの英才を集めて作り上げられた豪華な舞台でした。
先ほどMCコーナーがてんこ盛り過ぎたと少し批判的なことを述べましたが、美術や音楽や踊りに関する舞台裏映像やインタビューは興味深いものでした。
美術は、舞台美術のベテランの方で全幕バレエを手掛けるのが初めてということで、演劇のような贅沢なセットでした。
実際に建築の設計時のようなモデルを作り、ダンサーとの位置や大きさを考えながら縮尺を決めて行く過程が興味深かったです。思い付きではなく綿密に考え抜かれた舞台美術の妙が感じられました。ドン・キホーテの寝室をコンパクトにし、そこから絵本の表紙が開くように舞台奥のかきわりが開いて、彼の冒険が始まるワクワクとした感覚が生まれる、面白いしかけでした。何というのでしょう、昔のディズニークラシックアニメの冒頭のような感じで、可愛らしかったです。藁や干し草のような素材で作られた馬に乗って現れるのも、面白かったです。経験豊富でセンスある美術監督が観客を楽しませようとすごく知恵を出していることが伝わって来ました。
スペインらしさを色々と考えて振り付けや踊り方や演奏も工夫されていました。ジプシーの野営地での迫力あるダンス合戦や、舞台上でのギター生演奏を囲んだ踊りの掛け合い、お酒の入った若者の悪ノリのような居酒屋のテーブル上での踊りなども、とても雰囲気が出ていて、絵本の世界が目の前に立体化...いえ、それこそ3Dでなく4D化されているような感覚に陥りました。ダンサーの基礎技術の正確さと強靭さが根底にあるからこそ、こうした様々なアレンジを効かせた演出下でも危なげ無くアドリブさえ入れた演技が出来るのでしょう。
楽曲は明るく楽しく絢爛でした。後世にあまり名の知られていない作曲家のミンクスについて、音楽監督の方が説明して下さったので、アレンジ前の曲も聴いてみたいと思います。ギターアレンジ、とても素敵でした。
クラシックバレエの技術を誇張し大きく表現し、なおかつ猛スピードで踊り、高田さんに至っては出番もかなり多くて、ダンサーさんたちの技術と身体能力の凄さに圧倒されました。

この新しくアレンジの施された『ドン・キホーテ』は、声を出したりマイムが多くて演劇的ということもあり、ミュージカル寄りのバレエというような印象を受けました。確かに楽しいと思うのですが、この楽しさは、映像ではなくコヴェントガーデンに行って満員の観客と舞台上の演者と場を共有することで生まれる楽しさかなと思います。この点、ミュージカル『キャッツ』の魅力がなかなか映画では観客に伝わりにくかったこととも似ているように思います。ロイヤルバレエのアコスタアレンジの『ドン・キホーテ』、いつか生で観てみたいなと思いました。

ドン・キホーテとサンチョ・パンサ、キトリの父親などのおじさんたちの演技がとても良くて、言葉を用いぬ超絶技巧の踊り満載の演劇として、新たな面白い可能性を感じました。

私個人としては、控えめなセットの中で、表情やマイムよりも踊りそのもので物語を伝えてくれるバレエの方が、観る側がそれぞれに想像し感じ取り考える余地があって好きなのですが、ロイヤルバレエの面白さというものにも今回少し触れることができ、有意義でした。
垣根なく世界中から技術と向上心の高いダンサーたちが集まり、独自の演劇的表現手法が先輩から後輩へと受け継がれているロイヤルバレエ。外見やバックグラウンドも含めて役者の幅の広さと層の厚さ、そして個人技術のレベルの高さというものが組み合わさり、今後も面白く新しい作品を見せてくれそうで、期待が高まりました。
露木薫

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