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キューブリックに魅せられた男のfujisanのレビュー・感想・評価

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原題はFilmworker(フィルムワーカー = ”映画仕事人”)
これは、彼が書類などの職業欄に書いていた職業名だそうです。

映画「バリー・リンドン」に、ブリンドン子爵役(バリーの元妻の連れ子:貴族たちの面前でバリーに殴られる息子役)として出演したレオン・ヴィターリ。

本作は
明るい炎に魅入られ、自らそこに飛び込み羽を燃やしてしまう蛾のように、映画界の鬼才スタンリー・キューブリックの魅力に魅入られ、自分の半生をキューブリックの片腕として捧げた男のドキュメンタリーです。


■ どんなドキュメンタリーか

俳優・歌手業として一定のファンを得ていたレオンですが、「2001年宇宙の旅」を観て衝撃を受け、キューブリック作品への出演を熱望。「バリー・リンドン」のオーディションに台本をすべて暗記してのぞみ、見事に役を勝ち取ります。

「バリー・リンドン」撮影終了後、猛アピールの末キューブリックの元でアシスタント見習いで働くことに。バリー・リンドンでの名演で彼のもとには沢山の俳優オファーが来ていましたが、すべて断るどころか、俳優業まで引退してしまいます。

キューブリックに心酔した彼は、1999年にキューブリックが亡くなるまでの25年間を彼のもとで過ごし、彼が亡くなった後もキューブリック作品の番人として彼の元を離れませんでした。

本作は、そんな彼のインタビューをベースに、キューブリック作品に出演した様々な俳優たちの言葉を紡ぐことで、スタンリー・キューブリックという監督がどのように映画に向き合っていたかを報じるドキュメンタリーとなっています。


■ 鬼才と呼ばれた理由

スタンリー・キューブリックといえば、完璧主義者。

時代を代表する監督ゆえ、出演を熱望した俳優は多かったものの、出演した誰もが『彼は映画づくりの天才だったが、二度と参加はしたくない』と言うほどの徹底ぶり。

「バリー・リンドン」だけで紹介すると、
・バリーが息子を殴るシーンは30回以上撮影
・俳優の目の前で美術監督が白衣の医師に連れて行かれる
・セリフを覚えていなかっただけで俳優はクビ(&再撮影)
などなど。

ほか、「フルメタル・ジャケット」や「アイズ・ワイド・シャット」、「シャイニング」など様々な作品でのエピソードがインタビューで語られており、映画好きにとっては興味深いドキュメンタリーになっています。


■ キューブリックの元で働くということ

レオンは優れた俳優でしたが、映画づくりは素人。したがって、キューブリックの元で”何でも屋”として働きます。

それこそ、オーディションから俳優の練習台、特殊効果音声、降板させる俳優への連絡役、されにキューブリック邸での電話番や事務仕事、棚の整理、掃除、犬猫の世話まで。

労働時間は一日16時間に迫り、イケメン俳優だった彼はみるみるやせ細り、禿げ上がって老人のような姿に。

完璧主義のキューブリックは発売された自作ビデオのディスプレイ方法にまで口を出し、レオンに世界中を回らせて実際の展示状況の写真を撮ってこさせるという異常ぶりを見せます。

そんなエピソードに絡め、何度かレオンの口からキューブリックへの恨み言を引き出そうとするものの、それをニコニコしながら毎回否定する献身ぶりで、そこには若干の狂気すら感じました。。

本作のジャケ写は「バリー・リンドン」とそっくりですが、よく見るとリンドン卿ではなくキューブリックがレオンを踏みつけている絵になっていますが、まさしく、本作を表現しているものになっていると思います。


■ 感想

『監督には話しかけられない。レオンがいてくれて良かった』

キューブリックと俳優・スタッフとの間でクッション役となっていたレオン。キューブリックがいかに天才だったとはいえ、レオンがいなければ彼のフィルモグラフィは完成していなかったでしょう。
いくら天才とはいえ、一人で出来ることは限られていますからね。

また、キューブリックの技法をこれだけ近くで体得しながらも、自ら監督作品を作らなかったことも、彼の純粋な気持ちが表れていたように思います。

そんなレオン・ヴィターリですが、残念ながら、本ドキュメンタリー公開後の2022年8月にお亡くなりになっています。

残念ながら自身が残した功績は少なかったため、キューブリックの死後は経済的にも恵まれていなかったようで残念。

おそらく、キューブリックの意志を継ごうと頑張りすぎたため、監督が残したコンテンツで安易に儲けようとするビジネス界に疎ましく思われたのでしょう。


『お前は素人なんだからすべてメモを取れ』

そう監督から言われたレオンのもとには、大量のメモ帳やノートが残っていました。

そして、屋根裏部屋で沢山の思い出の品に囲まれ、体操座りでノートをめくって嬉しそうに説明してくれるレオンの姿は、まるで一人の映画付き少年のように、とても幸せそうに見えました。

せめて、2つの作品レビューは並べてあげたいな。それぐらいしかできないけど。


参考:
【関連記事】2022年8月19日に逝去したレオン・ヴィタリを、2008年シネマトゥデイに掲載されたインタビューで偲ぶ : KUBRICK.blog.jp|スタンリー・キューブリック
https://kubrick.blog.jp/archives/52384327.html
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