えむえすぷらす

劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデンのえむえすぷらすのレビュー・感想・評価

5.0
ヴァイオレットのために作られたエピローグ。ヴァイオレットの代筆が何かを解決するという本シリーズとは異なる彼女が行動できない時にどうするのか問うというテレビ版本編や外伝とは趣の違う作品になっていた。

少佐のディティールに納得がいかないけど否定も出来ない。何故ならそれがヴァイオレットの望みだから。そんな映画。

追記:テレビ版、外伝とも見てましたが、そこからすると物語の行方が思わぬ方向から切り込まれていて主人公が機能しなくなるという中々やらない展開に目が点になったのが初見の感想でした。テレビ版は依頼者などから見た謎に満ちたヴァイオレット像を語らせる事で物語が動いてましたが、劇場版はヴァイオレットが少佐のおもちゃや今の様子などの話を聞くだけでもデレるような状態になっていて「あいしてる」が少佐からの言葉だけじゃないのだと気付く事、そしてその思いがどう届くのか、その精神は数十年後にも響くのか見せていく。エカルテ島の夜明けから夕暮れまでのシーンが始まるまでに1時間50分。無駄のない切り詰めた展開(博物館のネリネはもう少し出す予定はあったらしいがカットされた)、効果音など「聲の形」「リズと青い鳥」音響演出の応用など見られて過去の製作作品を踏まえた上でその上を行こうとした作品であるのは間違いないと思いました。

追記2:結局何回も見て耽溺している。世界がそこにある作品だからだろうか。そういうヘビーローテーションなファンも結構散見されるようでロングランの要因になっていると思う。
 本作、相当異端な所はあって一つは主人公が絶対に動けない状況に封じておいて(だいたいヴァイオレットちゃんは移動手段は問わずに突っ込んでいくので動けないなんて事は過去エピソードでは出てこない)電信しか情報伝達手段がない中、思いついた打開策でアイリスとベネディクトが大活躍という方向に行き、しかもタイプライターを捨てて依頼人たちの望みを果たそうとする。普通なら破綻している展開だけど筆者にはちゃんと成り立たせているように見えるのは描写に割り当てる尺を徹底的に絞り込んだところにあると思う。
 本作で批判が多いのはギルベルト少佐が生きていたことにある。「共感できない」を評価しないような言葉で使ったレビューも見かけるのですが「理解できない」ことへの不満と取り違えている。そしてギルベルトのありようは見返していくと戦争でもともと心が折れている所があって(船でディートフリートの少年時代の回想の中での彼が家業としての軍への進路しかない事を嫌い弟は父の怒りをおさえるために軍への進路を志す経緯が置かれ、インテンス決戦後の収容先の病院でギルベルトは多くの遺体の列とその遺体を荼毘に附してたなびいた煙を見てライデンシャフトリヒへ帰らない選択をしてしまう)、その事はガルダリク側で出征したというエカルテ島の兵役年齢期男性の未帰還に絡めて表現している。エカルテ島の未帰還兵達は立場を反転させたギルベルトそのものでもある。島の老人や女性は全員戦死したと見做している事を告げているが、冷静に考えればそんな訳がなく帰れなくなった人たちも出ていると見るべき所で人の選択のリアルを間接的に描写しており「ビルマの竪琴」など想起しないと心情理解は出来ない。
 一度で全容を把握させるような平易な作りにしていないのは本作のテーマがヴァイオレットにおける自己実現がギルベルトと共にありたいのかそれとも郵便社のような居場所なのかという選択の結果を示すものであり、その中でギルベルトはヴァイオレットの両腕を失わせたという戦争へ加担させた事への罪の意識やもともと軍人を希望するような強さを持った人ではなくもっと別の道があったはずの人だという描写を示して、戻らない事が彼女を大事に想う気持ちの表明になっていたりして台詞にしない形での感情描写に全力が注がれた影響だろう。
 だからこそヴァイオレットの気持ちがギルベルトに届いた時、ギルベルトの方が救われた。ヴァイオレットの幸せはギルベルトの願いでもある。そしてヴァイオレットにとっての幸せはギルベルトと共に生きる事なのだから。やっとその事に気付くまでに戦後4年ぐらいかかった物語のフィナーレだった。
 1回見て不満を感じた人はもう一度見るべきだと思いますよ。間接表現が多いので掘り下げていかないと全容が見えてこない作品ですから。

 破綻的なものはエカルテ島の地形描写かなと。気候などの破綻はないと思うのですが(エカルテ島はおそらくライデンと同経度で高緯度、ガルダリク帝国に近い離島で海流の関係で比較的温暖とかそういう設定じゃないかと想像)。
 ヴァイオレットが軍に所属した経緯に関してはディートフリート、ギルベルト、ホッジンズ、ライデン市長と皆微妙に違っていておそらく一番詳しいのはディートフリート、次いでヴァイオレットだろうと思う。ヴァイオレットはディートフリートの部下を殺傷した時まだ言葉を持っていなかったので記憶も朧げのはずですから。