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凪待ちのpalのレビュー・感想・評価

凪待ち(2019年製作の映画)
4.2
「あの」白石監督作品という先入見や「今まで見たことがない香取慎吾」「ギャンブル依存症」「毎日のように血糊をつけて撮影」などの事前情報、「誰が殺したのか?何のために殺したのか?」というキャッチコピーなどから私が想像した映画とはいろんな意味でだいぶ違っていた。私の中では白石作品の登場人物はどちらかと言えば「自分の中のタナトスに心身を支配されて真っ当な判断力が麻痺してしまい破滅への道を歩む」という印象だったが、郁男の行動原理(病理?)は少し違う気がする。自暴自棄かつ依存症罹患者ではあるけど、彼の中にある健全さは根本的には損なわれておらず、その暴れ方からは死にたいというよりは生きたい、生きたいという叫びが聞こえるような気がした(もう少し皆の迷惑にならないような形で表現してもらいたいものだがw)。

物語の舞台は全編通して地方の遊興施設や人気の少ない復興途中の石巻の街や港などどこか殺伐とした場所なのだけど、死んでる感じというか廃れた感じはそれほどなく、かと言って「心和む田舎の風景」として美化されすぎているわけでもなく、登場人物たちのエネルギーが画面にテンションをもたらしている感じがして良かった。場所も人も「生きるためにもがいている」という感じがした。

キャストの皆さんの演技も本当に素晴らしかった。吉澤健さんのおじいちゃんは本当に石巻に実在している人にしか見えなかったし、西田尚美さんも「本人はちゃんとしてるのに何故かしょうもない男を好きになってしまう、こういう女の人っているよね」って感じでリアリティがあった。恋人以上、夫婦未満って感じの郁男との関係も良かった。そして恒松祐里さん、本当に素晴らしかった。今どきの子って感じだけどまっすぐで純粋で、とても自然に作品世界に存在している。というよりもむしろ、この作品世界は彼女の演技がなければ成立していないのではないかと思わされる。

多分郁男は本物の香取慎吾さんの3000倍ぐらいバカで不器用な人間だと思うのだがw、話が進むにつれてだんだん本当にそういう人間に見えてくる。印刷工として仕事が出来ないわけではない。恋人の連れ子には慕われている。でもどこか社会の中で自分を持て余しているような荒んだものを持っている。やめると恋人に約束したギャンブルをやめることができず、カッとなると手が出てしまう面もある(ただし多分女子供には手を出さない)。物語中、郁男は自分で自分の首を絞めるような行動を次々に取り続ける。いやいや何でそこでそんなとこに行っちゃうの、本当にバカじゃないのあんたはと心の中でツッコミながら見ているうちに、周りの人たちの「この人を何とかしてあげなくては」という気持ちが分かるような気がしてくる。私は郁男が泣くシーンがすごく良いと思った。アクションも良かった。大きな体で、それほど俊敏じゃないからこそ迫力がある感じで。郁男の攻撃は当たるとめっちゃ痛そうだなって思った。w
あと地味に闇賭博のカウンターのお兄ちゃんが好きだった。(は?こいつマジかよ)(頭おかしいよ絶対)(ヤベーこいつマジイカれてんなマジで)って顔が良かったw

予告やスチールなどのイメージから、暴力にまみれた、まともに直視できないような怖い映画かと思ってびくびくしながら見たら全然違った。そんなに暴力的でもないしほのぼのしたシーンもあるし、全然怖くなかった。福岡の試写会では場内が爆笑したシーンもあったよ。他のところではどうだったのか知らないが。w

暗くて重い映画だと思って敬遠する人がいたらもったいないなと思う。もちろん明るくて軽い映画では全然ないけれど、見終わった後、私の心は少し救われたような気になったから。現実同様、何もかもハッピーエンドになるわけではない。そんなことはあり得ない。安易にみんなが救われるわけではない。でもどこにも行けず、何も始められなかった郁男がようやく始められるのかもしれないという気がしたし、そこからしか本当の救済はあり得ないと思うから。是非、たくさんの人に見て欲しい。多分見た人が何かしらを受け取ることのできる作品だと思う。

余談だけど、試写会の会場だった中洲太洋映画劇場がとても素敵だった。レトロで古き良き時代の夢のある感じの劇場で。昭和40年代ぐらいにタイムスリップしたような気分になった。こんな劇場が街のど真ん中にある博多ってすごいなと思った。
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