わたべ

海獣の子供のわたべのレビュー・感想・評価

海獣の子供(2018年製作の映画)
4.2
まず絵と色がすごい。

満天の星の下で輝やく夜光虫の波や、後半に炸裂する銀河や水泡の色使いななど“見せ場”の表現はもちろんすばらしいし、ひらの風景描写、たとえば台風前後の荒れた風雨や江ノ島の潮の、ベタつくような熱や湿度も肌で思い出せるような実在感がある。映像表現だけでも入場料のモトはとれたような気になるが、反比例するかのようにエンターテイン味はうすい。夏アニメ映画の定番ともいえる、冒険譚で少女の成長譚であるにもかかわらず。

理由としてまず、物語の規模がつかみにくいというのはあると思う。学校生活に適応しているとはちょっと言い難い少女 安海琉花(芦田愛菜)が過ごす夏休み、不思議な少年たちとの出会い、といった日常的スケールと、星や銀河の誕生やら生命の秘密といった宇宙的なスケールとの対比はかなりの想像力が必要である。
ミクロコスモスとマクロコスモスが、ひとりの少女の精神的、肉体的な成長を通して表現されるとでもあえて言えばいいだろうか?ともかく言語化が難しい……作中でも出来事の言語化の(不)可能性については何度か言及されるのだが、その難しさは『海獣の子供』という作品のキモの部分でもあるし、制作者たちがどうにか映像表現したかったことでもある。それはかなりの部分で成功したのではと私は思っているのだけれど、だからといって「わかりやすい」エンターテインメントとして成立するという話でもない。

とはいえ五十嵐大介のマンガの作品の映像化という意味、日本のアニメ表現技術の2019年時での到達点という意味で、評価され劇場で観られるべきだろう。小さな画面ではそのぶんの価値を損なうからだ。


※映画作品単体としての『海獣の子供』は琉花の視点に物語の重心を置いたということもあり、彼女のごく個人的な物語として受けとることも充分可能だと思う。
彼女の個人的な物語とは、精神と肉体に関しての自己形成であり、単に量的な成長というより、質的な変化がある。踏まえておきたいのは、彼女の体つきは同年代の少女に比べて発育がよいとは言えず、琉花の傷を捉えるカットが幾度もあるが血が流れ落ちることはないということだ。
物語が進むと琉花は海くんに対し「守ってあげなくちゃ」と考えるようになったり、憔悴する彼に子守唄を唄ったりもする。海に対してはあきらかに琉花の母性を描いているし、海を赤子のように抱きかかえるシーンまである。

まあ、なんというか……ハッキリいえば映画全体が初潮のアナロジーと見る事もできる。
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