QTaka

この世界の(さらにいくつもの)片隅にのQTakaのレビュー・感想・評価

4.2
より広く、より深く、より多くの視点で、その日、その時、その場所に生きた人々の姿が、生き生きと浮かんでくる。
遠く見下ろす先に見える風景が、今もそこに有るようだった。
.
原作漫画にも登場したいくつもの登場人物がより多くの場面で表現されることで、物語が深く広く大きくなって、前作とは全く異なる映画になっていた。
そこには、その時代をそこで生きた人々の姿が、一人ひとり生き生きと描き出されていた。
そういう人たちが、あのの日々を一生懸命生きていたんだと感じられた。
.
前作(と言うことにする)『この世界の片隅に』とは、別の視点で構成されていたように思う。
前作では、すずさんを主人公に戦前・戦中・戦後の広島・呉の人々の生活を描いていた。
それは、すずさんの成長と共に、その家族とともに過ごす物語だった。
そこには、すずさんのキャラクターが生み出すコミカルな部分もあり、あるいは戦争がもたらす別れもあり、そして実際に空襲を受ける恐怖も苦しい生活もあった。
物語として、戦時下の生活を見て、その時代、その時間を生きると言う事をスクリーンを通じて体感できた。
ただし、原作漫画を読んでいた多くの皆さんには、あのエピソードは?、あの人の姿は?、あの場面は?と思うことも多かったと思う。
それは、原作へのそれぞれの読者の思い入れであり、同時に原作が漫画誌の連載であったこともあり、様々な場面を描かれていたことが魅力であったと言う事実でもあろう。
確かに、前作では重要な登場人物を描ききっていなかったのも事実。
本作では、その重要人物”りんさん”が大きく取り上げられているし、そのことですずさんの夫”周作”の存在も少し別の部分が見られる。
本作が制作されると決まった時、私を含め多くの人が”りんさん”の話が追加されるものと思っただろう。
もちろん、その期待に応えてくれて、遊郭の場面や、花見の場面などが追加されている。
一方で、他の登場人物についても多くの場面が追加されていることに気づく。
工廠で働く父円太郎の姿などもその一つで、そこには確かに戦争が生活の目の前にあったことがわかる。
それでも日々を生きることに懸命になっていた人々の姿がそこにあると、その力強さが浮き上がってくる。
.
みんなが期待した”りんさん”が登場する場面。
遊郭街で出会ったその瞬間に、みんなほっとしただろう。
そう、このシーンが見たかった。
かつての”座敷童”が、こんな素敵な女性になっている。
これは、原作の漫画家こうの史代さんのすごいところだと思うのだが、子供の頃と大人になった”りんさん”に同じ面影が見える。どこがどう似ているのか。でもすぐにわかる。
そんな場面に、”りんさん”という生き方が、随所に見られる。
裕福ではない、むしろ不遇な生き方を強いられた一人の女性の姿に、強さと切なさを感じる。
それは、対比してみることではないのだけれど、すずさんとはまた違う強さであり、姿である。
.
エンドロールが、サービスカットになっていた。
そこには、鉛筆画で描かれたリンさんの物語があった。
映画が終わって、期待していたリンさんの姿をもっともっと見たかったなと思っていたところに、このエンドロールだった。
スタッフロールに続いて、クラウドファウンディングで参加した方々の名前が流れて、それと一緒に鉛筆画が動き始めた。
この、シンプルにして十分すぎる線画が、ホントに嬉しかった。
まさにボーナスカットだった。
.
どこまでも視聴者のための愛情を感じる映画だった。
製作者の思いの深さもあるだろうが、きちんと視聴者の視点を意識しながら、あるいは居場所を感じながら作られているのだと思った。
それは、見る側の一方的な視点を一歩離れて、自らスクリーンと向き合いながら、確認されながら作られたものだろうと推察する。
だから、オープニングからエンドロールまで、しっかりとスクリーンの前に座っていられる。
この愛情溢れる映像に感謝するしかない。
.
追記
この映画は、本当に映像が美しい。
ということで、「公式アートブック」なるものを購入。
映画の中の幾つもの場面が解説と一緒に納められている。
その中にはお気に入りの場面もあった。
一番のお気に入りは、すずさんが水原さんに代わって描いた江波の荒れた海。
「きょうもウサギが跳びよる」(水原哲)
この絵を額に入れて飾りたいくらいだ。
QTaka

QTaka