オトマイム

ROMA/ローマのオトマイムのネタバレレビュー・内容・結末

ROMA/ローマ(2018年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

すばらしかった。けれどもうっすらと靄がかかったようなこのあと味はなんだろう。ずっと考えていた。
まったく前知識を入れずに観たのだけれど、これは監督の自伝的物語で当時にタイムスリップして傍観者になったつもりで撮ったというようなことを鑑賞後に知った。
ミドルネームも生い立ちも聞かれることなく、言葉少なに微笑みをたたえながらかいがいしく働いていたクレオ。心根の美しい娘であることはよくわかる。今どこかで幸せに暮らしていてほしいと監督は心から願っているのだろう。これはキュアロン監督の"ア・ゴースト・ストーリー"なのだろう。彼はゴーストとなって彼らを見つめている。

それがたえず引いたカメラや抑えた演出で表現される。特定の誰かに共感を強いることなく折り目正しい距離感を保っている。
そして彼はすみずみまで計算された構図を考え、繊細なグラデーションのモノクロ映像を流れるようなカメラワークで捉え、渾身の映像美を作りあげた。とりわけ浜辺での、西陽ととけあった神々しくもはかない、完璧な美。『天国の日々』が脳裏をよぎり、怖いほど美しいこのシーンを観れただけでも満足だと思った。

しかし私はどうしてもクレオの立場の悲しみ・遣る瀬無さに思いを馳せると素直にどっぷりとはまれなかった。誤解を恐れず言うならば、彼ら=雇い主たちにとって無口で素直で働き者のクレオは最も使いやすいタイプの家政婦だ。だからこそ八つ当たり的に怒鳴りちらしもするし、妊娠した彼女の身の上をまるごと引き受け驚くほど手厚く世話も焼く。傷心の彼女を家族旅行にも誘う。でも彼らは、彼女の心の奥底を知ろうと思ったことはあるだろうか。妊娠を告げられた時に「本当に産みたいのか」という意思確認はしたのか。手厚く彼女の面倒をみたのはもちろん彼女に辞めて欲しくなかったからだけれど慈悲の精神も大きいだろう。
もしも彼女がもっと自己主張するタイプだったら、この家族はこれほど彼女を愛しただろうか。
クレオをはじめ登場人物が皆、人間くささや個性に乏しく(整合性のみられない言動の母親や、あまりに類型的なクズ男やら、顔がまるで思い出せずへのへのもへじみたいに影が薄い父親やら)、遠く薄い印象だったのは、そんなふうにしか彼女の思い出を描くことができなかったからではないか。靄のかかったあと味は、そして内面の深いところに触れそうで触れなかった理由はこれなのかもしれないと思う。

上から下へと縦に押し流される水と泡、それを捉える固定カメラの中を横切る飛行機。それは絶えず流れる大河の中に一瞬きらめくきれいな魚にも似て、そうこれは遠い国の見知らぬ誰かのささやかな思い出のひとつなのだと後から気づく。

ところでこれは女性賛歌の映画であるが、あのきょうだいの少年ふたりもやがて“男”になる。クレオもまたダメ男に引っかかるかも。彼らは母一人の稼ぎだけであの暮らしを続けていけるのだろうか。もろもろの危うさを孕みながら幕は閉じる。