ルサチマ

天竜区奥領家大沢 冬のルサチマのレビュー・感想・評価

天竜区奥領家大沢 冬(2015年製作の映画)
5.0
2021年8月20日 @アテネフランセ

昼の労働景色を捉えた『別所製茶工場』から時間を経てついに『冬』では闇に包まれた奥領家大沢の景色から幕を開ける。
隠蔽されてきた夜の奥領家大沢は機械が動きを静止し、人々も家の中へと籠るのみで、外でじっと夜が明けるのを待つのは犬のジョンのみである。外部の人間は『別所製茶工場』の頃からいつ画面に現れるか分からない視線と声のサスペンスを生み出していたジョンを通じて、この集落の夜へと接近することを許されるだろう。
然しまずはこれまで通りに奥領家大沢の秋から冬へかけての景色の移ろいを丁寧に見ていくことを映画は求める。
山腹に赤みがかった木々が緑の森の中に現れ始め、秋雨前線の影響か雨がしとしと降り続く。水量の増した滝の岩肌をじっくり見ながら、紅葉化していく山の全貌を再度提示し、カメラは別所さんの家の蛇口から漏れる水や、軒下に置かれた野菜を間近で見つめる。そして水の音はトタンの屋根に打ち付ける音へと次第に変容しながら、晴れた日には斜面で自分たちの土を柔らかく耕す別所さんの姿を捉える。

その姿とカメラに向かって土を柔らかく耕すことについて語る言葉からは、いつこの土地の終わりが到来するとしても、よりよく明日を生きるために、更にはこれまでこの狭い土地に生きた人々の思いを引き受けるための儀式のようなものとしての覚悟を感じることができる。

赤みがかっていた森も遂には冬の寒波到来とともに葉っぱを落とし、天竜区を静寂が包む。工場は最早停止した代わりに、元日を迎えるために団子を包む別所夫妻の工程を丁寧に提示した堀禎一は、ついに薪割をした木々に触れるため自らの身体をカメラの前に曝け出し、笑顔を見せる。別所さんから教わった見分けのつきにくい木の名前を丁寧に確認していく姿は、この映画の後半に示されていくかつていた天竜区の人々の姿とともに忘れることができない。

あらゆる活動を終えた天竜区奥領家大沢に訪れる冬の夜は決して室内で眠る様子を捉えたりするようなあからさまな接近をすることはないが、柴犬のジョンを通じて恐らく室内に置かれたであろうテレビから漏れる民主党の地方政策の話がぶっきらぼうに聞こえてくるのがわかる。

茶葉を摘むことと、じゃがいもをはじめとする野菜を収穫することもない冬の期間。
民主的に政治を押し付け合う民主党の言葉がこの土地に不釣り合いなノイズとして提示されたことをきっかけに、ついに別所さんの家にこれまで隠蔽されていたこの土地の人々の生活の記録が語りと共にインサートされた写真で物語られていく。

かなり聞き取りづらい方言の入り混じった言葉で語られる言葉の全てを理解など出来るはずもないが、その声の厚みと写真の人々の眼差しの強さが、今まさに忘却の渦中にある明治以降の近代化の波に犯されてきたこの天竜区奥領家大沢という集落の存在に注がれる外的な眼差しに抵抗をする。

生きながらえるために更なる近代化を受け入れるのであれば、それはこの土地に宿る土の柔らかさはいずれ消滅するであろう未来を自然と想像させ、忘却への時間を早めるだろう。

だが、別所さん夫妻をはじめとするこの天竜区の土地の人々が『別所製茶工場』をはじめとする『天竜区』シリーズの中で見せていた、機械化の中においても決して自分たちの渋い緑色の茶葉を敵(行政)へと受け渡すまいと、それぞれが自分の領域で茶葉の流れるルートを自分たちの範囲内で管理していたユートピアのような世界を観客(目撃者)は知っている。

長い霧に包まれた冬を超えて春の日差しがさした天竜区奥領家大沢の土地を見て、別所さん夫妻は再び外へと土を柔らかく耕しに出かける。強烈な斜面に立つ老夫妻の逞しさを前にこのシリーズを全て見つめてきた人間としては、最早涙を堪えることは出来ない。

冬に毛をふさふさにのばしたジョンの毛を刈る別所さんの手捌きは、先祖からの歴史性を引き受けた上で、死者に対する想いを今目の前にいる人々、動物に対して優しさとして分け与えようとする身振りとして感動的であり、それはまさに同時代の政治に対して極めて客観的に鋭い批評性で向き合い続けたブレヒトの言葉と重なる強さがある。

昼間の工場に身体を適合させた労働記録である『別所製茶工場』を経て、純粋な人々の共存の時間としての夜を描いた『旧水窪町 祇園の日』。さらにそこからの変容として夜を長い歴史の中の闇と重ねて提示した『奥領家大沢 冬』。

同じ場所を定点で見つめながら、全く異なる切り口で被写体との向き合い方を探り続けた堀禎一は真の映画作家であることに疑いようはなく、現代映画を担う最高知性であり続ける。

2020年7月18日 @神戸映画資料館

モーションで繋がれ続けた別所製茶工場が夏には別所さん夫婦の語りとともにドラマが始まり、冬では動作を静止した茶畑を舞台に実景で繋がれ続ける画面に過去の写真と別所さんの語りが入り混じる。歴史の記憶の蓄積としての土地。滝はこれまでになかったポジションから撮影され、春を目の前に久しぶりに畑に出て耕す運動をこちらもこれまでに見なかった新たな遠景から新たな歴史の誕生の瞬間を記録する。犬は毛を剃られ画面奥へと消えていく。霧のかかった暗い夜の山から始まった冬の天竜区は春を告げる花の接写で幕を閉じる。
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