海

オーファンズ・ブルースの海のレビュー・感想・評価

オーファンズ・ブルース(2018年製作の映画)
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わたしたちは声から誰かを忘れていくいきものらしい。となりで、眠そうに閉じかけてるふたつの目のために、子守唄みたいに一番小さな声でcharaのkissを歌ったとき、これだけはずっと、いつか会えなくなった日もこれだけはずっと、あなたの記憶に残るはずだと思っていた。歌だって声なのにね。でも、信じてたかった。わたしがこういう物語に、どうしてもひどくのめり込んでしまうのは、この女の子のことが好きだからなのか、自分が未来よりも今よりもずっと過去に執着して生きてる人間だからなのか、単純にどう解釈したって自由な雰囲気に甘えてるだけなのか、考えてみるけれどたぶんそこを突き詰めるとわたしの一番弱いところにたどりついてしまうだろうから、いつも途中で放り出す。毎日、ラジオを聴いていておもうのが、ラジオから流れてくる誰かの声って、声よりも音に近い。窓をたたく雨に似てる。あと、夜中に海に行くと海がぜんぜん見えなくて、音だけでそこに海があることを感じるときとか、あなたがこっちを向くときに擦れる服とか、眠りにはいったときの、息の間隔とか。そういったもの、空間にぐったりともたれかかっている音。これからそれが始まるという予感、ああ、気配だ。そこにある、そこにあった、そこにあろうとしてる、その気配だ。あのときのわたしのへたな歌も、音だったらいい、気配だったらいいのに。じぶんのことを、悲しいねと思ってあげられたら楽だね。悲しいから幸せになりなよとなぐさめてあげられたら一番楽だ。分かってるのに悲しさのかけらもない、自分をなぐさめるくらいなら幸せだと嘘をついて生きてくほうがずっといい。わたしはそんなわたしを、いとおしくおもってばかりよ。答えを持たない問いに、この汚れた手を差し出そう、真夏の高い太陽の下で。
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