垂直落下式サミング

峠 最後のサムライの垂直落下式サミングのレビュー・感想・評価

峠 最後のサムライ(2020年製作の映画)
3.5
母親が珍しくDVDを買って持ってたのが、この作品。配信とかサブスクリプションとか、たぶん存在すら知らないネットに疎い田舎高齢者なもんですから、毎週録画してある鬼平犯科帳と韓国の宮廷ドラマが退職後のお楽しみだそうです。
DVDのパッケージが、典型的な面白くない邦画のアートワークだから、再生する前不安になってしまった。主役の役所広司がデーンと真ん中にいて、その下に共演者たちの顔が小さく麻雀牌みたいに並んでる。ダサすぎ。どうにかなんなかったのか?
おはなしは、司馬遼太郎原作の長岡藩の忠臣・河井継之助を描いた伝記。戊辰戦争の北越戦争の舞台となった長岡城。佐幕府派か、倒幕派か、選択を迫られる侍たち。旧幕府軍と新政府軍の戦争に藩を巻き込みたくない「越後の蒼龍」河井継之助は、どちらとも敵対しない中立宣言を打ち出すが、はたして叶えられるのか。
いちばん好きだったのは、敵兵が川を渡ってきたとの報せをうけた役所広司が、慌てて味噌汁をご飯茶碗にかけて、米と汁を胃袋にかっ込むところ。悠長にしていてはいけない事態だからって、食わずに席を立つのも農民への礼を欠いているし、腹が減っては戦はできぬ。猫まんまでエネルギー補給して、越後の蒼龍現場にゴー。
まさかのガトリング!海外の機関砲を所持していたのは史実らしい。なんと、当時ガトリング砲は日本に三門しかなかったのに、そのうちの二つが長岡の河井の手のもとにあったとか。
どこからも口出しされないためには、他のどこよりも強い藩にせねばならぬ、それによって中立国はなされると…、この河井継之助の思想も極端だとは思いますけれども。江戸時代に唐物抜取事件(要するに闇貿易)の片棒担ぎで幕府に怒られたりしてた藩から出てきた聡明人ですから、あんまり確信をもって権力者を信じきれていないけれど、自身の才覚には自信ありな風。役所広司の演じる河井継之助からは、そのような冴えを感じた。同時に頑なすぎる愚かしさも。
一度は敵の手に落ちた長岡城を取り戻す。諦めない。民のため。大義のため。アツい男、河井継之助。あまり日のあたらない歴史上の人物にスポットをあてた偉人伝としては面白かったけれど、合戦ものとしては大資本を投じた類似作品に見劣りする。
合戦シーンがもう少しハデだったらなあ…。日本映画に金があれば…。立地上有利な峠をおさえるために隊を進めて遠くから大砲を撃ち合うとか、それが史実なんだろうからなんとも言えないけど、ただ撃ち合うだけじゃあ、いまひとつ地味。霧の中から敵が急に出てくるのとかだって、ただ出てくるだけじゃなくて、もっとサスペンスフルな演出つけてくれたら、アクションとして歴史ファン以外も楽しめるのに。
底無し沼を歩いて渡って奇襲攻撃を仕掛ける八丁沖進軍作戦は、ナポレオンのアルプス越えのような大胆不敵の奇策であるのだけれど、その命がけっぷりも口で語られるだけなのが惜しい。
八丁沖古戦場は、今はもう整地されているから仕方ないんだけど、ここで八丁沖なる湿地帯が「自然の要塞」たる所以に説得力を持たせるようなロケーションの力が発揮されれば、合戦ものとして大きな見せ場となったはず。必死の覚悟で頑張って藩の実力と尊厳を示したのに、新政府軍の逆襲をうけて取り戻した長岡城に火を放って逃げなければならなくなる城主と家臣。その悲劇。おはなしが淡々と進みすぎるから、映画ではなくて資料映像をみている気分になってきてしまう。
司馬遼太郎は、尊皇攘夷の志についてはリスペクトをおくっているけれど、薩摩長州のイキり散らした行為のことは、あまりよくは思っていない気がする。まあ、おおむね同意ではある。