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ジェミニマンのkuuのレビュー・感想・評価

ジェミニマン(2019年製作の映画)
3.8
『ジェミニマン』
ウィル・スミスが引退を決意した伝説のスナイパーと、それを狙う30歳近くも若いクローンちゅう一人役者の2役を演じるアクション・エンタテインメントす。
ウィル・スミス曰く
『今作のすごいところは、若い僕は今の僕の映像を加工したものではないこと。100%デジタルなんだ。「ライオン・キング」のライオンと同じ、完全なCGなんだよ』とのこと。
映画広告には、
最強の暗殺者と、彼を倒すために極秘に生み出されたクローンとの壮絶な戦いの行方を、最新技術を駆使した驚異の映像表現で描き出す。
なんて読んだらワクワクすんのに、映画館にも観に行かず、今になりやっとNetflixにて視聴。
ストーリーは、
リタイアを決めた伝説の狙撃手(スナイパーって書いた方が渋いと感じるのは小生だけかな)&熟練暗殺者・ヘンリー。
政府に依頼されたミッションを遂行中に、何者かに襲撃される。
相手は神出鬼没で殺せへん。。。なにぃ~
その襲撃者の正体はなにモンだって~の。
ってこれはネタバレになるんかなぁ?
だったらすいません🙏
襲撃者はなな南斗鳳凰拳サウザ~(映画の関連性ナシです)
20代の自分自身だと知り、政府を巻き込むクローン技術の巨大な陰謀に巻き込まれていくぅ~。。。てなかんじっす。
興味深いクローン技術やし、将来性てのには無限に近いもんあるけど、人道的・倫理的な問題もあるわなぁ。
この問題をからめたストーリーを映画作品ちゅうバーチャルで表現されている事には感動したっす。
己の関知しないとこで己の分身クローンが生まれ、阿修羅のように育てられてた奴と闘って、殺っちまったとしたら?考えちまうなぁ。

徒然に長話になりますのでウザッってのがお嫌いの方は、スルー若しくは斜め読みよろしくメカドック🚖
クローンは人為的に創られたといえども命は命かな。
優れた研究てのはポジティブな道に進めれたらより良い豊かな社会になっけれど、
悪用(エロの探求は由として)されたなら社会、人類に驚異にもなり得る怖さもある。
作中でのセリフ
『戦争のない明日に』は何かクローン技術の御旗なんかも。
1997年のクローン羊ドリー誕生の報道以来、哺乳類じゃ牛、馬、猫、そして犬とかで体細胞クローンが成功してる。
人に関しても、人クローン胚の作製が2005年に成功してるし、哺乳類動物でも実際に健康に成長する個体はほとんどいないということっす。
せや、現在クローン人間を作ることに対する最も重要な反論てのは、母体及び子に対するリスクの大きさなんやと云える。
ヒトクローンは法律で禁止されてんのはナーンデカ?(堺おさむ風に)
ナーンデカフラメンコ~オレッジャん
クローン人間作製はその個体の尊厳を傷つけ、許されるモンじゃないと思う。
がしかし、子を何らかの肉体的弊害で産めない人が、生殖医療としてその技術の恩恵に預かることについても、完全に門戸が閉ざされているちゅう印象はある。
せや、研究が進めば、クローン人間てのを安全に作ることが出来るようなっかもしれへん。
そないな場合に、原則として禁止する根拠があるんやろか?
『人の尊厳を侵す』?
『無性生殖は自然に反する』?
犬猫の場合やったら、自然に反することも、犬や猫の尊厳を侵すことがないとしとんのに、人だけアカンちゅう理由を正確に述べるのは難しい。
また、仮に遺伝的に同一の個体が生まれるとしても、時間差のある双子だと考えりゃ、それほど問題であるように見えなくはない。
現実味を帯びてきたiPS細胞等から生殖細胞を作製できる可能性もあるし、クローン技術を使う以外には子どもを持つ方法がないというのは考えにくいかもしれへんが、これは積極的に禁止する理由にはならないように感じる人は多いと思う。
しかし、安全性の問題てのは人類がどんだけ時間をかけてもわからへん。
世代を超えての安全性が担保される日てのは来うへん。
反面、安全性をガッチリ評価すっために、『臨床研究』ちゅう枠組みとして、追跡し、データを取って評価することを前提に実施するちゅう道があるんちゃうかな。 
クローン技術に限らず、他の生殖補助医療における技術の実践も、海外じゃ実施例を把握する体制下で行っとるのに、日本じゃビビって道を閉ざすさかい地下に潜り(水面下)で実施されて、実態が把握でけずに、現状もリスクもなにも分からへん状況になっとる、そのこと自体が問題やわ。
人間もヒトちゅう生き物の一種で、哺乳類の一種ちゅうように考えてみたら、自然界に目を投じるとクローンという現象を生殖の中で利用している生き物とそうでない生き物がいることがみえてくる。
生物界での現象を頭に置き、人間を主としての『ヒト』として改めてとらえてみっと、人は生殖の中でクローンという方法を選択しなかったちゅうことが浮かび上がる。
そうやとすっと、そこから得られる選択肢てのは、
『生きものである人間』について探求し、人としてよく生きっために何をしたらエエのか考え、科学技術をそのための手段として位置づけるちゅう基本に戻るしかあらへんのとちゃうかな。言い換えれば『生命科学』ちゅう研究を、本当に生きものを知りたい、生きものである人をガッツリ見ようちゅう知ってモンにしていくほかないんかな。
『技術』てのを前にすっと、人ちゅう生き物は欲求を満たす方向へ動く。
エロが技術を牽引してるん見たら分かる。
倫理学的な根拠ちゅうより、『ヒトとちゅう生き物(種)としての人』ちゅう視点で考えた時、そないな選択肢は存在しえないかな。
あらゆる人がウンと納得する根拠を創ることは大変難しいけど、
仮に『クローン人間』ちゅう選択肢を認めるならば、その技術の是非の検討にあたっては、人間社会が、どないなような価値観を持つことになるんか、どないな社会を目指したいのかちゅう視点についても考えていかなアカンのやろなぁ。
『ジェミニマン』のなかで云う
『戦争のない明日に』然り。
すんません!お付き合い頂いて。
🙇‍♂️🙇🙇‍♀️
kuu

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