大道幸之丞

カーマイン・ストリート・ギターの大道幸之丞のネタバレレビュー・内容・結末

4.0

このレビューはネタバレを含みます

NYはソーホーにほど近いグリニッジ・ビレッジ。カーマインストリートに構えたカスタムギターの店“カーマイン・ストリート・ギターズ”のドキュメンタリー。

今でこそウリは主に1800年代の建築物が取り壊されるなどして発生した廃材“NYの骨”で製作した世界で唯一のギターだが、開店当初はそうではなかったと言う。

数年前に顧客であるジム・ジャームッシュが自宅の改装中に出てきた天井裏の廃材でのギター制作を発注したことからインスピレーションを得て以降意識的に“NYの骨ギター”も製作するようになったそうだ。

このギターは例えば木材が虫食いならそれを活かしたデザインにするし、亀裂があればやはりそれ活かし「素材を最大限にリスペクトした」ギターを造る。

それらの外観は我々素人にはやや無骨で粗野と感じなくもないのだが、ミュージシャン達は違う。それまで体験したことの無いギターの共鳴につま弾くや虜になってしまうのだ。

主人公はこの店の3人。店主で彫刻家からギター職人となったリック・ケリー。電話番と事務を担当するリックの母親ドロシー・ケリー。そして24才でブロンドヘアも美しい女性の1人弟子で、グラフィックの世界からギター製作の道に入ったシンディ・ヒュレッジらが店内でそれぞれの個性を調和させこの店の欠かせない魅力となっている。

枯れたか細い声で“はい。カーマイン・ストリート・ギターズ”と受け答えするドロシーが実にいい味を出しているし、ITに疎い(というより拒否している)リックをカバーするように、出来上がったギターの画像を、ふさわしいキャプションとなるハッシュタグを添えInstagramへ次々とアップするシンディ。見事にリックを支えている。

ドキュメンタリーなので、この店のギターが“特別なもの”である事は観る前から予想がつくが、この映画ではギターを人生の伴侶としたミュージシャンが次々に訪れて、自らのエピソードを交えながらこの店のギターがいかに特別であるかを“ミュージシャンならではの言葉”で語る事で、我々も擬似的に追体験(知ったかぶりを)出来る点が素晴らしい。

例えば医療の問題で左手中指の腱が痲痺したジェイミー・ヒンスはそこからの復帰と努力を来店時に打ち明けるが、手に優しく音もよいやや太めのネックのギターを勧めると、たちどころに気に入って“ワオ。いままで何をやっていたんだ!”と感嘆する。

豊富なリックの経験知に基づいたアドバイスはミュージシャンとギターを包括した“ドクター”と言えるのかもしれない。なぜなら訪れるミュージシャンはこの店とリックの存在で、より人生を深める機会を得るからだ。

そんな“カーマイン・ストリート・ギターズ”の一週間を追う形での80分間。あっという間だが、観た我々はグリニッジ・ビレッジに間違いなく存在するミュージシャンにとっての温かな灯火(ともしび)のような店を北東の彼方に意識し心が温かくなる。

途中で隣のビル(ジャクソン・ポロックが以前住んでいたらしい)が売りに出され、挨拶に不動産屋が訪れるシーンがあるが、変に余韻があるので、店に追い出される危機が訪れるのでは、とヒヤッとするが何もなく杞憂だった。

レディメイドとは違う、一本一本に背景と存在理由のあるギターたちの物語は実に印象深い。