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LORO 欲望のイタリアのriruのネタバレレビュー・内容・結末

LORO 欲望のイタリア(2018年製作の映画)
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このレビューはネタバレを含みます

イタリアのベルルスコーニが一国の頂点に上り詰めた時の衝撃は、トランプの比ではなかった。まさに「天」と「地」がひっくりかえったような。
そして、いったん権力をうしなったベルルスコーニが再び返り咲いた時には、もはや何が起こったのか、理解不能だった。

そして、ベルルスコーニ以降、われわれは劣化の一途をたどる指導者の破廉恥ぶりに慣れきってしまった。

本作は、彼の言動をリアリズム的に描いたものではない。
「痴愚神礼賛」の果てに通俗化しきった世界を、その世界の堕落に拮抗する映像の強度でソレンティーノは描くのだ。


アップで捉えられた子羊が高級ヴィラへと迷い込み、痙攣にうち震えながら倒れ死ぬ。
冷房が強すぎたのだ。衝撃的なオープニング。
これに沈痛なエンディング――大震災で崩壊した教会のがれきから、イエスキリスト像が「死体」のようにクレーンで引き上げられる――が呼応する。

神も倒れ、それに導かれる迷える子羊も惑い伏し、「世界」は終わりを迎えたように先が見えない。

映画が始まって一時間弱ほどだろうか、人々に「彼」と崇められる主人公のベルルスコーニ(トニ・セルヴィッロ)が、聖職者のようないでたちで満を持して登場する。
もちろん、人々が「彼」を崇めるのは、「彼」に近づくことでありつける地位や財への欲望からだ。いや、「彼」自身が欲望で人を動かそうとする以上、「世界」は不可避的にその力に染められていくのである。
ここは、天から地まで、欲望に覆われた世界なのだ。

「彼」が、子羊=民衆を導くキリストのカリカチュアであることは明らかだ。
そして映画は、自ら欲望に溺れ、民衆を行く先へと導かぬ「彼」に、引きずられるようにして破廉恥きわまりない乱交におぼれ、底なしの退廃と空虚の中をあえぐLORO=彼ら=子羊たちの姿を描く。

ストーリー映画ではない。また、登場する人物たちの心の中も描かれないので、ことごとく何を考えているのかわからない。だから作品に入り込めない観客もいるだろう。

だが、裏を返せば、この作品では、言葉が内面を表象してくれず、上滑りのまま地に足が着かない人々=LOROの状況が描かれているのだ。言葉が内面を(代)表してくれないことは、「彼」がLORO=人々をきちんと代表してくれないことと表裏一体だからだ(だからこの作品は、特に前半、「彼」に取りいろうとする青年「セルジュ」の視点で描かれる)。

その要因のひとつは、ベルルスコーニの言葉そのものだった。
それを最もよく表しているのが、「彼」が無作為に電話した中年の女性に、かつての不動産営業トークで架空の住宅を売りつけるシーンだろう。
最初は警戒しながら怪訝な表情であしらおうとしていた女性を、「彼」は持ち前のセールストークでどんどんその気にさせていく。

今回女性に電話するきっかけを与えたかつての不動産業のパートナーを、「彼」同様、トニ・セルヴィッロが演じていることが白眉である。監督ソレンティーノが、ベルルスコーニの権力の本質を、この「セールストーク」に見ていることがよく分かる一人二役の配役だろう。現に「彼」は、この女性との「レッスン」を経て、上院議員6名を次々に買収しにかかり、再び権力の座へと返り咲くのだ。

その虚構ぶりを一気に露呈させるのが、大震災と入れ歯=老いである。
「彼」は、いつものようにパーティーでキュートな女子学生に目をつけ近寄るのだが、「祖父と同じ口臭がする」と拒絶される。実はそれは口臭自体ではなく、入れ歯の洗浄剤の臭いだった。口臭なら何とか消せるかもしれない。だが、入れ歯を必要とする老いはどうしょうもない。おそらく、この瞬間、「彼」は一気に自信を喪失し、己の欲望を諦めたのだ。

続いて大震災が起こり、権力に返り咲いた「彼」は即座に対応を迫られる。どこかの政権ではないが、政権を奪取するや否や大災害に見舞われるのだ。天災の到来を、それまでの振舞いの「天罰」と見てしまうのも、またそれが権力の終わりの象徴であるかのように見なされてしまうのも、これまたいずこも同じだろうか。

もちろん、権力と天災に因果関係があるはずもない。
最初から「彼」と「LORO=彼ら」の間には溝があり亀裂があり、震災でそれが可視化しただけだ。
最初からLORO=彼らは道に迷っていた。あの子羊のように。

「彼」は、震災で住宅と入れ歯とを失った老婆に、その両方を新しく与えることを約束する。
それは、あの架空のセールスの「実現」であり、欲望の終焉を自身思い知らされる出来事だった。
その新しい入れ歯に、「彼」は自らと同じ洗浄剤を添えた。
それはベルルスコーニ渾身のユーモアだったろうか、それとも自虐的なイロニーだったろうか。
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