NM

蜜蜂と遠雷のNMのレビュー・感想・評価

蜜蜂と遠雷(2019年製作の映画)
4.0
予想以上に音楽たっぷり。音楽好きにターゲットを絞った作品。
例えば指揮者やコンマスが演奏中振り返ってにっこり笑うなどわかりやすい演出も多く、別に音楽に興味がなくても観れないわけではない。
深くストーリーを味わいたいならやはり原作を読んだ方が良いだろう。

まずはこの国際ピアノコンクールの参加者がどのような経緯の持ち主かが紹介されていく。
主人公は伝説の天才少女。覚悟を決めて最後のコンクールに戻ってくるが悩みは尽きない。彼女に関わる人たちも様々な思いを抱えている。

コンクール会場から帰る演奏者の女性を謎の16歳の少年が尾行してピアノ室に上がり込み一節弾いて見せ、こう考えていたんでしょうと言い当てても、ピアノが好きなんだね、で許される。芸術の世界ではそんなこともあり得るのかもしれない。

そしてこの思い悩む女性ピアニスト栄伝亜夜に、このピアノ大好き天然少年が示唆を与える。

風間塵。
麦わら帽子をかぶり、一人でもいつもにこにこ、頭の中にはいつもピアノが鳴り、人をつぶらな瞳で上目遣いで見つめる。
月を見て『月光』を弾きだしても何ら嫌らしくない。
思い悩んだ大人を突然現れた奔放な子ども(子どものようにピュアな人)が救うという話はよくある設定。
彼はいつも音の鳴らないピアノで練習している。一度聴いた曲はすぐ演奏できる様子。
コンクールで優勝して父親にピアノを買ってもらいたいらしい。

演奏を始めるとみんな唖然。見事な指づかいと抜群のパッション。

受かる者たちがいれば、その分落ちる者たちがいる。
家族にピアノを辞めることを告げる者。合格者に嫉妬をぶつける者。
幼い頃から何年も人生を捧げてきたのに結果が出ないことの辛さは計り知れない。
試練に勝ち続けた者だけが念願のピアニストになることができ、それはまた新たなスタートでもある。

続いてオケ審査のリハ。
このオケの指揮者が大御所でこだわりが強く、コンテスタントたちは苦労する。ピアニストに合わせて演奏するつもりなど毛頭ないらしい。
こういう時、自分に自信があるピアニストほど苦労する。
華があり世界から注目され続けてきたマサルは困惑。

風間少年は何やら物怖じしない態度でオケの配置の要望だけ出して終わったらしい。
とにかく彼は天才なので全て大丈夫。

栄伝が選んだ曲は幼い頃舞台から逃げ出したトラウマを持つ曲。
だからこそ選んだようだがやはり思い出が蘇りまともな演奏が難しい。
頑張ると余計に必死感も出てしまうらしい。

かつて天才少女と呼ばれていた栄伝。演奏前に母親がなくなった知らせを聞き、弾けなくなり逃げ出した。
母はピアノ教師で、ピアノの楽しさを教えてくれた人だった。あれ以来楽しさを忘れている。

マサルもかつてはその母の教え子で栄伝の幼なじみ。
本番前だというのに栄伝は困っているマサルを尋ね、練習を手伝ってやった。
マサルは救われたが、何かに気づいた。
栄伝はコンサートを辞退でもする気なのでは。
本番前の雰囲気を感じられなかったのだろう。

マサルは栄伝のお陰でついにオケと演奏を成功させ喝采を浴びた。
その様子を見て舞台裏で泣き崩れる栄伝。
一次審査で落ちた彼が、僕はやっぱりピアノが好きだと語る。
私はピアノが好きなのか?涙が止まらない。
これでダメだったら今度こそピアニスト人生の終わり。
再び心が砕かれ引導を渡されかねないその舞台はあまりに恐ろしい。
何より母を悲しませてしまうかもしれない。

一度は会場を去ったものの出番時間にギリギリで戻ってきた栄伝。
母のためにも成功させたい。
かつてのトラウマと戦いながらも、覚醒したように完璧な演奏を終えた。

個人的には舞台のドアを開ける係の人の人となりや仕事ぶりが描かれているのが好みだったし興味深かった。
舞台に立たない限り彼らの姿はまず見えないし、舞台裏特集のような映像があったとしてもフィーチャーされづらい存在。
言われたタイミングでドアを開けるだけの人ではない。演奏者の心を読み取り、見えない会場の空気すら読み取る。
演奏者が演奏前に話す最後の人ということもあり、演奏者に重大な影響を及ぼし兼ねない。
と思ったら結局この人はホールの支配人のようで納得。
というか平田満の演技がすごい。時間です、と目を見て話しかけるだけで圧倒的に安心感に包まれる。

ホールで働く人々がみんな音楽が好きでたまらない人ばかりで観ていて楽しい。実際はこんな夢のような仕事ではなく辛いことも多いと思うが。
エンドロールは音楽の詳細が載っているので見逃さないように。『春と修羅』は藤倉大の作だったか。
馬が雨の中走り抜けるシーンが印象的だったが、「この映画で動物に危害は加えていません」の一言があり好感。
NM

NM