静かな鳥

蜜蜂と遠雷の静かな鳥のレビュー・感想・評価

蜜蜂と遠雷(2019年製作の映画)
4.1
鍵盤の上の闘い。繰り広げるのは、ピアノコンクールに集った若き4人のピアニストたち。本当の天才同士は小競り合いみたくありきたりで安っぽいことは決してしないし、肥大化したライバル心から互いに険悪な空気になったりもしない。ストイックに己と向き合い、純粋に業を競い合う、それが全て。極上のピアノコンサートを図らずも映画館で鑑賞してしまったかのような、そういう至福の映画体験になった。

本作を手掛けたのは石川慶(脚本と編集も兼任)。2年前の長編デビュー作『愚行録』から類い稀なる映像センスと、作品全体に統制が行き届いたムードの細やかな醸成で既に異彩を放っていたが、監督の持ち味は本作でも遺憾無く発揮されている。独特なカラーリングによるリッチな質感の画面は、"邦画らしからぬ(石川はポーランド国立映画大学出身)"とも言うべき洗練さを身に纏っており非常に魅力的。「天才たちの物語」というある種浮世離れした舞台立てに、この冷徹な映像のルックが合わさることで、世界観が格段に強固なものへと引き締まる。
そんな石川作品の精巧な画作りを決定付けているキーパーソンとして、彼の大学時代からの盟友であり撮影監督を務めるピオトル・ニエミイスキの存在が大きいことも間違いない。2人のタッグだからこそ為せる印象的なショットの数々! バッキバキに構図のキマりまくったマサル(森崎ウィン)のランニングシーンが愉しい。あと、亜夜(松岡茉優)が身につける衣装の色合いが作品のトーンと絶妙にマッチしていて逐一素敵。

松岡茉優・松坂桃李・森崎ウィン・鈴鹿央士(新人)の4人も総じて素晴らしい。特に松岡の"表情一つで場をかっさらう表現力"はやはり抜群、言うまでもなく。塵(鈴鹿)の「ああ、この子はピアノを弾くのが、そしてピアノを介して人と繋がるのが、本当に好きなんだな」と一発で分かるほど歓びに顔を滲ませた天真爛漫さも愛らしい。松岡依都美や芹澤興人、片桐はいり等、脇に至るまで役者は充実している。ブルゾンちえみは、ネタをやってるように時々見えてしまうのが難点か。

舞台背景と登場人物の説明台詞が横行する序盤はかなりせせこましい印象。だが(冒頭では敢えてタメていた)ピアノの音がいざ奏でられると、この映画は水を得た魚の如く活気づき始める。「春と修羅」のカデンツァの演奏(とその楽譜)から、"音"を通してコンテスタント4人それぞれの個性を浮き彫りにするのがお見事。月夜の晩の連弾シークエンスも美しい。物語の進行上コンサートホールという限られた空間の中での場面が大半を占める本作だが、音が作品世界をダイナミックに拡張してゆく。

天才たちの心の裡に無闇矢鱈と立ち入るのではなく(故にモノローグがほぼ皆無)、彼らの身体性に着目しているのが好きだ。思わず身体が反応してしまう、我を忘れて走り出してしまう。今すぐにピアノを弾きたい。そんな衝動と身体の躍動をカメラはつぶさに捉える。その行き着く先にあるものは、何か。

耳元で囁く声、虫の羽音。耳をすまさねば聞き落としてしまう、そんな小さな小さな音から劈くような雷鳴まで。世界が鳴っている。豊かに音色を奏でている。音は温度を兼ね備えているのだと思う。凍てつくように冷え冷えとした音もあれば、雲間から差し込む陽光のようにあたたかな音もある。人もその身体で、指先で、世界に音を鳴らす。人と人、世界と人とは共鳴し、祝福の音楽が私たちの鼓膜を震わせる。

ラスト、圧巻のクライマックス。最高の瞬間でビシッと幕を閉じ、そのままエンドロールに突入する潔さがいい。万感の拍手の音は、地面に打ちつける雨音に似ている。海の向こうで鳴り響いていた雷雲は、気づかぬうちに此方まで来ていたようだ。
祝福の雨が止むことはない。
静かな鳥

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