アニマル泉

ウエスト・サイド・ストーリーのアニマル泉のレビュー・感想・評価

4.3
スピルバーグの初めてのミュージカル映画。オスカー10冠を制した「ウェスト・サイド物語」(1961年)のリメイクである。
トップカットは地面から空中へカメラが飛び、やがて再開発される地区の俯瞰になり、さらに球体が印象的な工事機械を舐めるように急降下して、地面の蓋が開いて不良少年たちがペンキ缶を盗み出すまでのヒッチコックのようなワンカットだ。このあとプエルトリコの落書きをペンキで塗り潰して警察沙汰になるまでの本作の導入部分のテンポが的確で素晴らしい。
ラブストーリーは「ボーイ・ミーツ・ガール」の出会いが勝負だ。いかにチャーミングな出会いをさせるか?しかし本作のトニー(アンセル・エルゴート)とマリア(レイチェル・ゼグラー)の出会いがなんともつまらない。ダンスパーティーで踊っている人々ごしにお互いに相手に気づくと、いきなり目線が交わり、見つめ合ったまま隣の倉庫の暗がりに行き、いきなりキスする。歌いながらのミュージカル場面だからこれで構わないという訳にはいかない。肝心の場面がスピルバーグにしては無策すぎる。
冒頭のダイナミックなカメラの動きが雄弁なように本作は「高さ」の映画だ。圧巻なのは「トゥナイト」を歌う階段のマリアとトニーのランデブーの場面である。マリアが住む共同アパートのセットが素晴らしい。無数の洗濯物が干され、生活感が溢れ、空が見えないほどの巨大なアパートだ。高層階のマリアの部屋に向けてトニーがよじ登っていく。長身のトニーと小柄なマリア、二人の身長差はかなりあるのだが、階上のマリアに対してトニーは常に下になり、身長差が逆転する。これが素晴らしい。見上げるトニーと見下ろすマリアのラブシーンだ。アパートの構造を活かした「高さ」のスリリングな関係が文句なく素晴らしい。
本作で頻出するのが「回転」や「円」の動きだ。ダンスシーンは鮮やかな回転の連続だ。決闘のトニーとベルナルド(デヴィッド・アルヴァレス)の殴り合いも二人はジリジリと回る。チノ(ジョシュ・アンドレス)がリングに集まっているジャークス団にトニーを殺すと宣言する場面もリングを周りながらだ。ジェッツ団にアニータ(アリアナ・デボーズ)が強姦未遂される場面は不良少年たちが大きな円に収斂して襲いかかる。
本作はヒットナンバーが多い。作品の大きな魅力になっている。キャスティングはオーディションで決められた歌と踊りの実力派が抜擢されている。しかし地味ではある。スターはいないし美男美女ではない。本作には主役がいないのである。スピルバーグは全ての登場人物それぞれが主役なのだと言いたいかのようだ。
スピルバーグは「今こそこの作品のメッセージを訴えたい」と言っており、「差別」「分断」を超えた「多様性」をメッセージにしたいのであろうが、具体的に本作で描かれるのは「言語」である。英語かスペイン語か?白人貧困層とプエルトリコ人の分断は「言語」の問題として示される。アニータは普段からマリアやベルナルドに白人に馬鹿にされない為には英語を使えと口うるさく説いていた。しかし白人少年たちに襲われて、アニータはスペイン語で誇り高くプエルトリコの勝利を宣言する痛ましい結果になる。
スピルバーグはカメラが動きすぎると思う。ドローン、クレーン、トラックショットが多用されるのだが説話上の効果を上げていない。豪華な映像がひとりよがりになっている。
「今夜」と「いつか」と「永遠」がキーワードだ。
20世紀スタジオ カラーシネスコ。アリアナ・デボーズがオスカー助演女優賞を受賞した。
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