えむえすぷらす

きみと、波にのれたらのえむえすぷらすのレビュー・感想・評価

きみと、波にのれたら(2019年製作の映画)
4.9
 水、異界との関わり、死という観点では前作「夜明け告げるルーのうた」を引き継いでいる。変わったのはキャスティングと演出方針だろうか。

 消防士の港と大学生のひな子が出会い、消防士のある思い出ゆえに惹かれていく1年間。うさぎとカメ。うさぎはカメにとってヒーローだった。そしてカメは追いついてひな子のヒーローとなり、そして消防士として殉じた。

 「海獣の子供」が世界と宇宙の謎に触れる作品だとすれば、本作は二つの世界に別れ二度と触れ合うことが叶わなくなった時、何を果たすべきか二人で選択する物語だと言える(正確にはひな子が港も望んでいる事を承知の上で決断した)。

 ある時点以降、この作品ではひな子以外には見えない事象が起き始める。そのせいで周りからはひな子がおかしな人として描かれている(が、観客もひな子と同じように見えるのでその異常さがわかりにくい)。
 「若おかみは小学生!」は主人公の受容ゆえの幻想になっている。本作は実際に起きている事であり、交通事故の時は他の人の何かもひな子は目撃している。ここで観客はようやくひな子の想像じゃないという確実な証拠を知る事になる。

 無謀な事をやる若者=悪という図式が埋め込まれている。今回ウォータージェットの人たちは贖罪の機会は与えられない。「ルー」と違い純然たる悪意として振る舞い事態を引き起こす。
 みなとに与えられたロスタイムには限りがある。ひな子、そしてみなとはその事を予期している。そしてその決断はひなこにしか出来ない。ひな子は自身のためだけなら何もしなかったかもしれない。でも洋子がいた。

 港にひな子の事を「ヒーロー」と言わせたのは素晴らしい判断だった。
 この作品、ひな子の声だけにして他の登場人物はテロップで進行させた方がひな子しか見てない事態を強調出来てもっとよくなったんじゃないか。その方がひな子の体験の特異性を強調出来たはず。もう一人声があっていいのは洋子だけだろう。

 この作品、監督インタビューによれば「ゴースト/ニューヨークの幻」にインスパイアされているそうですが、「タワーリング・インフェルノ」を取り入れてアニメーションの必然性を持ったサーフィン映画としようとしたのだと思う。正直言うと途中まで波にのれなかった。それが、あの「ルー」でも大活躍した四角い力を持った水が暴れまわり悪意を押し流したのは本当に見てよかったと思った瞬間だった。このシーンでのひな子と洋子、そして港を描くために本作があるといっても過言ではないだろう。

追記:世界一のクリスマスツリーの廃墟って。ここだけ社会風刺っぽくて苦笑してしまった(心当たりはあるので爆笑した)。

追記2:この作品の主人公は一見ひな子ですが、実際は港なんですよね。彼がひな子をヒーローと呼ぶようになってから、彼が依頼したメッセージがアナウンスされるまでは。基本的に港が主人公の神話であり、ひな子はその目撃者なのだと思う。だから始まりは港で始まり、最後はひな子の悲しみで終わる。港がひな子のヒーローとなって忘れられない人になるというのが本作の本質なのだと思う。脚本とプロットはよく練られているのはさすがは湯浅監督・吉田玲子脚本作品。泣いた。