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空の瞳とカタツムリのktのネタバレレビュー・内容・結末

空の瞳とカタツムリ(2018年製作の映画)
4.0

このレビューはネタバレを含みます

「こんな悲しく、やるせない悩みを抱えてる人達が世の中にはいるのか。彼女らに比べれば、私の悩みなどちっぽけなものなのかもしれないなぁ」
と、そう思えることは映画を観る醍醐味といえるかもしれない。なにせ、今作は辛い。辛すぎる映画である。だが、大泣きを誘うようなロマンチックなものではない。例えるなら心の隅に毒針を刺され、徐々に腐りながら死に至るような、そんな遅効性の劇薬的な映画である。

あれだけの数の濡れ場がありながら、幸せなセックスなど一度もない、という構造がまたせつない。
1シーン印象的なシーンをご紹介するなら、ラスト近く、主人公である夢鹿と十百子が決別をする公園のシーンをあげたい。
砂埃を巻き上げ、一瞬視界が埋まってしまうかのような、信じられないほど強い風が公園に吹く。それはもちろん偶然(という映画の奇跡?)だろうが、この2人は、肉体関係を結んだ後にさえ、はるかな隔たりがあり、その間をむなしい風が強く吹いているという象徴的なシーンであった。映画の神が降りている。
余談だが、そのシーンのラストの十百子のセリフ「行かないで」は、今作には珍しく熱のこもった人間的なセリフだが、だからこそ効いている。あの「行かないで」を言われて振り向かずにいられる男性がいるだろうか。いや、そんなやつはいない。いたとしたらよっぽどの不感症か、映画の中のキャラクターであるかのどちらかであろう。

他の方々も指摘しているが、今作は全編を通して古典の舞台を鑑賞しているかのような、詩的なセリフに満ちている。それらの不自然なまでの低温のセリフを会話劇に耐えうるまで持ち上げる努力は並々ならないものがあったと思う。一歩間違えれば痛々しい学生映画になりかねないような台詞回し。それが、あの巨大なスクリーンに映した時に大いに化けた。魅力的な、この映画ならではの特徴に昇華されている。そのスタイルを最後まで貫いた監督と俳優の方々にただただ拍手を送りたい。粘り勝ちである。

夢鹿と十百子の覚悟溢れる濡れ場の数々にも触れておきたい。
この映画はとにかく脱ぐ。脱ぎまくる。出し惜しみなしで、すぐに脱ぐ。瀬々敬久監督の『最低』における「脱ぐ」という行為はペルソナのためであり、普段と違う自分になるための神楽的な行為であったが、今作における「脱ぎ」はあくまで流れ作業である。熱がないのだ。
PV的に美しく描かれるわけでも、官能的に煽られるわけでもない。ラーメンを前にしたら割り箸を割り、胡椒を一振りする。そのくらい当然のようにセーターを脱ぎ、パンツを下ろす。なぜなら彼女らにとって裸体であるこは問題ではなく、その先に問題があるからだ。それは、「誰も心までは抱いてくれない」という大問題。それ以外は些細な小事であることを表現するための、熱のない脱ぎ。それに対する2人の女優の覚悟が伝わってくる。

恵まれた環境に囲まれた日本という国。そこに暮らす大多数の平和で豊かな日本人たち。その中に紛れ込んでいる、圧倒的な少数のゆがんだ女性2人。彼女らは惹かれ合いながらも、慰めることも支えることもできずに終わる。それは必然であったかもしれないが、深い同情を感じ得ない。

夢鹿は最後、芸術を捨て、友人を捨て、実家に帰る。不仲であったはずの母親との2人暮らし。さらに救いのなさそうな生活。だが、古い記憶の中で無くしてしまった宝物をみつける。その中にあったものは一体何だったのか。それは描かれない。想像するしかないのだ。そこがまたにくい。だが、それが美しい思い出であったであろうことを願わずにはいられない。パンドラの箱の底には希望が残っていたように、彼女のこれからの人生にとっての希望になってほしいものだ。

この映画は万人受けしない。しかし、映画マニアにしか刺さらない、というわけでもない。
映画館の帰りにラーメン屋に寄ったが、「家ではYouTubeのゲーム実況ばっか見てる」という女の子が大声で食事をしていた。彼女にこの映画が届くのか、とても気になった。なぜなら彼女にもきっと悩みはあり、好きな人に触れたくても触れられない苦しみを体験したこともあるはずだからだ。この映画にはそんな悲しみを癒す力があると思う。夢鹿の抱えるむなしさと、十百子の抱える他人への恐怖。それらを知った時、自分の悩みを誰かに聞いてもらったかのような解放を得る。彼女の食べる激辛ラーメンよりも、彼女の内面を温めることができる、のかもしれない。

この映画はカメラを止めるなとはまったく違う。万人受けしない。しかし日本映画の源流を行く清流である。ぜひ大スクリーンで観ることをオススメする。公開中の池袋シネマロサは歓楽街の真ん中の劇場なので、映画館の帰りはさまざまな誘惑がある。だが風俗やキャバクラに寄る気になど、全くならない。本当に大切な人に、連絡をしたくなる。愛しているよと伝えたくなる。そんな映画であった。


2/28 池袋シネマロサにて
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