幽斎

ノベンバーの幽斎のレビュー・感想・評価

ノベンバー(2017年製作の映画)
4.6
アカデミー外国語映画賞エストニア代表、目も眩む耽美なモノクロームで織り成すダークネス・スリラー。京都ヒストリカ国際映画祭出展作品。アップリンク京都で鑑賞。

原題「November」私の誕生月ですが、皆さん何て発音します?。ノーベンバーだと思いますが、正しくはノウヴェンバー。タイトルに深い意味が込められるが、ソレは後程。エストニア映画を観たのは「クロワッサンで朝食を」以来かな。日本では希少的な製作国、昔はエストニアと言えば独ソ戦争のイメージしかない。しかし、最近はドイツ・ルートが整備され「コンパートメントNo.6」話題作も京都で観られる環境に成った。「みかんの丘」の様な傑作に会える日を楽しみに待ちたい。

原作はエストニアの代表的な作家Andrus Kivirähkの「Rehepapp ehk November」。2000年に発表されるとエストニアの全ての図書館で、過去20年間で最も貸し出された本としてカルト的ベストセラーへ。突然ですがクイズです!、バルト三国を北から順に述べよ・・・・・はい、時間です。正解はエストニア、ラトビア、リトアニア。1990年代まで旧ソビエト連邦、エストニアは地政学的にドイツとの結び付きが深く、ルーツはフィンランド。監督もドイツから手法を学んだと語る。アメリカに住む友人から「原作を読まんと意味分からへんで」正にその通りと言いたいが日本語翻訳されておらず、うーん(笑)。

首都タリンはレビュー済「TENET テネット」カーアクションの舞台。フィンランドと海を挟んだ、北欧でも有るエストニアはIT先進国としても有名、テレビ電話のルーツSkypeを生み出した。だが、本編に登場するのは遥か昔の田舎町、心寂しい風景が並び雰囲気も寒々しい。中世の貧祖なモンタージュを美麗なモノクロームで映し出す。劇場で観た時、ハイコントラストな映像美に圧倒されたが「全てのモノには霊が宿る」Animismをベースに、土着的な異教とヨーロッパのキリスト教を組み合わせたポリシーを強く感じた。「ムカデ人間」ドイツの名優Dieter Laserが、2020年2月に亡くなり本作が遺作に為った。

秀逸なのは北欧的な価値観と、ラテンアメリカ発祥のモーメントも取り入れた。魔術的リアリズム「Magic Realism」は、神話とか幻想を非日常的で非現実的に起きた事を緻密な感性で表現する技法。モノクロームでも色彩を感じる、リリカルでビビッドに満ちたポエム的な美しさ。「クラット」私も始めて見たが使い魔と呼ばれ、エストニアの神話に登場する精霊。体は家財道具の釡や頭蓋骨で作られてる。農家の家畜や食料を盗んだり、恋愛相談まで。ギコちなく現れ颯爽と去って行く。そしてタイトルコール「November」!。監督のセンスに圧倒される私が居た。

私は京都人ですがクラットを見ると、おじぞうさんにも見える。ワイヤーで操られ作為的な感じしか無いがバルト三国で最も北に有るエストニア、寒々しく殺風景な田舎町に妙に似合う。おじぞうさんみたいに、其処に居るのが当たり前。悪魔が騙され易いとか、死者がご飯食べてサウナに入るとか、情報量が多過ぎて混乱する(笑)。吉本新喜劇の様な漫画チックなユーモラス部分、貧乏のドン底を描くドキュメンタリー部分、アメリカ映画の様なグロいホラー部分、冒頭から申し上げるアーティスティックで静謐なスリラー部分を、ベテラン警備員の様に上手く捌いてる。

私はアニメは子供の頃から見ないがドラマで見た水木しげる、本名武良茂さんの人生には大いに心惹かれた。松下奈緒も良かったしコンサートも行った(笑)。本作は表面的にはアート作品、中身はヤミ鍋の様なミクスチャーが魅力だが、キリスト教的な精霊も日本の妖怪も、同じセンテンスと言う意味で水木しげる北欧版にも見える。水木さんの故郷、境港へ冬は蟹を食べに毎年の様に訪れるが、夜に為ると人の気配も感じない程暗く静か、その雰囲気は日本の鬼もエストニアのクラットも同じだと、ふと思った。

11月1日「死者の日」言われても大抵の人は何のコッチャでしょう。私はEXクリスチャンですがメキシコの伝統文化で、南米テイストとリンクする。祖先の骸骨を飾る習慣が発端ですが、イタリアで11月2日「諸魂の日」日本のカトリック教会も同じ儀式を執り行う。「万霊節」諸聖人の日で祝日。19世紀のエストニアはドイツからロシアへ統治が移動するタイミングで、ドイツ文化を否定する為に、ロシア正教へ改宗運動が行われた。バックグラウンドが分からないとラストも腑に落ちないと思う。

【ネタバレ】物語の核心に触れる考察へ移ります。自己責任でご覧下さい【閲覧注意!】

ハンスが悪魔の契約で殺される、リーナは入水自殺をしてハンスの元に旅立つ。リーナの死体を見つけた村人はコインを盗むが、彼女のネックレスは盗まなかった意味も解ける。前半で亡き母と再会するが、死者の日が最後のリーナの選択に見事に繋がる。プロットは一本道なので、分かる人には解り易いが作内でロジックを完結する事は無理、寧ろ分る人の方が不思議ちゃん(笑)。古典的な三角関係ですが、重要なクラットの意味も「持ち主の許可なく盗む」泥棒行為、「相手の立場を顧みない」自分の欲望だけを満たそうとする略奪行為と見事に合致する。

此処までは完璧、ラストの解釈は薄っすら観客に委ねられる。ヒントはハンスとリーナの相互関係ですが、リーナの純粋さを推理すれば悪魔の判断は正しかった。生きる意味を奪う事がハッピーエンドかは微妙だが、現世で結ばれない恋を貴方がどう解釈するか?。私には裏哀しいとしか思えないのだが・・・。

美しくも儚く難解なラブストーリー的盲目スリラー、貴方も開始5分で魅了されるだろう。
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