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ジョゼフの息子のukigumo09のレビュー・感想・評価

ジョゼフの息子(2016年製作の映画)
3.9
2016年のウジェーヌ・グリーン監督作品。ニューヨーク生まれの彼は早い段階でアメリカを去る決心をし、ドイツ、チェコ、イタリアなどを旅した後、パリに定住し文学や美術史を学んだ。1976年にはフランス国籍を取得している。彼はthéâtre de la Sapienceという劇団を創設し、バロック時代の言葉遣いを舞台上に復活させようと試みた。リエゾンを用いない発音や、役者が見つめ合うことなく正面を向いたまま発言する方法は映画に進出しても継続されている。対面する2人を描く映画の一般的なルールである切り返しのショットでは、カメラに対して右方向を見る者と左方向を見る者を繋げて視線の一致を図るのだが、ウジェーヌ・グリーンの映画にあってはしばしば役者はカメラの正面に立ち発話する。映画を見慣れた人は違和感を覚えるであろうこの映像表現は、小津安二郎やロベール・ブレッソンといった孤高の映画作家の画を想起させる映画史においても特殊な人物である。

『ジョゼフの息子』は旧約聖書に由来する「アブラハムの犠牲」「金の子牛」「イサクの犠牲」「大工」「エジプトへの逃避」という5章で構成されている。だからといって昔の話でも宗教の話でもなく、現代のパリの物語である。主人公は思春期の少年ヴァンサン(ヴィクトル・エゼンフィ)だ。彼の母親マリー(ナターシャ・レニエ)は看護師をしながら一人でヴァンサンを育てている。ヴァンサンが何度父親のことを聞いても存在しないとしか答えないマリー。苦悩の末ヴァンサンは母の不在時に鍵のかかった引き出しを開け、自分の父親が出版業界で成功しているオスカー・ポルムノール(マチュー・アマルリック)であることを示す手紙を見つけ出す。
ヴァンサンは母や自分を捨てたこの男に復讐してやろうと出版パーティーに忍び込んだり、オスカーの事務所を訪ねたりする。オスカーは妻や子供がありながら昼間から秘書と関係を持ってしまう男で、グリーン作品にしては珍しくエロティックなシーンがあるのだけれど、カメラはベッドの下で息を殺して隠れているヴァンサンを写しており、その慎み深いユーモアが笑いを誘う。父親に手錠をかけ、喉にナイフを突きつけるヴァンサンの姿は彼の部屋に飾ってあったカラヴァッジョの『イサクの犠牲』の構図にそっくりだ。暴力的な復讐が果たせずにいたヴァンサンはオスカーの弟ジョゼフ(ファブリツィオ・ロンジョーネ)と出会う。オスカーと違い、物静かで心優しいジョゼフと次第に親しくなっていくヴァンサンは、友人として家に招き母に紹介する。3人で映画に行くなど親密になっていくのは母とジョゼフをくっつけようとするヴァンサンの狙いもある。ミケランジェロ・アントニオーニ監督の『赤い砂漠(1964)』を心から楽しめる家族は血の繋がりよりも深い絆で結ばれていると言ってもいいだろう。ヴァンサンとジョゼフがルーブル美術館で見たラ・トゥールの絵画『大工の聖ヨセフ』でのヨセフとキリストの関係が現実世界のジョゼフとヴァンサンの関係に繋がっていく。それは本作のタイトルの通りヴァンサンがジョゼフの息子になることを意味している。

聖書の中の神話をモチーフにしながら現在を描き、時代を超越した芸術である音楽、絵画、舞台、建築を盛り込む手腕は卓抜したものがある。サブプロット的にしばしば街で出会うヴァンサンの友人は精子のインターネット販売をしており、血縁と父性が問題となっている本作に統一感を与えている。スタイルが似ているとは言ったものの映像のジャンセニストなどと呼ばれるブレッソン作品に比べ、本作は聖と俗のバランスが絶妙でエンタメ性も高いので誰でも楽しめる作品となっている。
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